2025/02/28号 6面

労働環境の不協和音を生きる

労働環境の不協和音を生きる 堀川 祐里編著 村田 隆史  帯に書かれた文章(「生きるために働いているはずが、労働によって日々の生活やいのちが脅かされる実情がある」「耳を澄ませて不協和音を聴けば、不協和音が我々に問いかけてくる」)が内容をよく表している。本書は労働と生活の両方を視野に入れた社会政策の入門書であり、コロナ禍が顕在化させた「労働環境の不協和音」をジェンダー分析によって明らかにしている。それは編者である堀川祐里が書いた「序章 『社会政策とはなにか』という問いの難しさ――〈生きるために働く〉労働者の生活を科学する」からもよくわかる。  本書を読んだ最初の感想は「それぞれの章が独立しているように見える」であった。それは取り上げる内容が性別役割分担、生理休暇、労働災害、労働組合、妊娠・出産・育児、ワークライフバランス、ケア労働、福祉従事者、性の多様性、外国籍と多岐にわたる上、執筆者の専門が社会学、文学、社会福祉学、歴史学、経済学と多角的に分析しているためである。目次だけを見ると、論文集の印象を受けるかもしれない。  しかし、2回、3回と読んでいくと、副題にある「労働と生活のジェンダー分析」が各章で徹底されていることに気付く。また、序章で各章の内容を紹介することはよくあるが、各章にも全体での位置づけと次章へのつなぎが書かれている。1冊の書籍としての完成度を高める工夫がされており、研究会で繰り返し議論された成果が見られる。評者もこれまで編者として書籍を出版したことがあるが、1冊の書籍としての完成度を高めることが難しかった。それは研究会で議論を重ねても単独で1章を書いてもらう以上、最後はその章の内容については執筆者に委ねざるを得なかったからである。本書は「それぞれの章を独立したもの」としても読めるし、「労働と生活のジェンダー分析」が通底する1冊の書籍としても読めるものになっており、その点は高く評価されるべきである。  「我々が最も大切にしたいと思ったことは、これから社会人となって自分で生活を切り拓いていく時期にある若者に、この本を手に取ってもらうことである」と「あとがき」にあるように、草稿段階で学生や卒業生に目を通してもらったというのが面白い。その成果であるのか、第1章ではマンガを取り上げて性別役割分担を分析し、第8章では性の多様性と外国籍といった学生が関心のありそうなテーマをわかりやすく解説している。  評者は大学では社会福祉概論、社会福祉原論、社会保障論、公的扶助論を担当しており、社会政策でいえば主に生活分野を取り上げ、労働分野を扱うことは少ない。授業を担当する上で、現代の課題については学生も関心を持って聞いてくれるが、その課題の発生した要因としての歴史を取り扱うと「過去のことでしょ」となかなか関心を持ってくれないという問題に直面する。本書では第2章~第4章では生理休暇、労働災害、労働組合について歴史的に分析しているが、時代を現代に近い方からさかのぼっていくという工夫をしている。しかも、各章のつながりがしっかりと書かれているのは上述の通りだ。  社会福祉士養成課程を担当している教員としては、第6章のケア労働と第7章の福祉従事者の内容をよく理解できる。特に「第7章 社会福祉の現場において〝ふたつの生活〟を守る――社会的養護における施設職員の生活と施設で暮らす子どもたちの生活」は、子どもたちにとっての生活の場に職員として労働することの難しさが描かれる。児童分野に限らず、利用者の生活を改善するためには労働者の負担が増えるという構造的な課題を抱えているのが対人援助職といえるが、課題の解決に取り組んだ事例が紹介されている。  評者は「社会保障と労働政策の交錯と最低生活保障」というテーマで研究に取り組んでいる。社会保障と労働政策が一体的に論じられると就労することが優先されて、最低生活保障の基盤が切り崩されるという実態がある。本書と関連させると、労働と生活を一体的に捉えるよりも両者を分離するという考え方もある。しかし、労働と生活を一体的に捉えることはすでに一般化しており、社会政策の両輪となっている二つを分離するのは難しいというのも事実である。労働と生活は社会政策の両輪である。両者を向上させるための理論構築と実践について、執筆者らに期待したいし、評者もその責任を果たすつもりである。(むらた・たかふみ=京都府立大学公共政策学部准教授・社会福祉士・社会保障論)  ★ほりかわ・ゆうり=新潟国際情報大学国際学部准教授・社会政策・日本経済史・ジェンダー史。著書に『戦時期日本の働く女たち』など。 (著者=五十嵐舞・鈴木力・新川綾子・清水友理子・跡部千慧・岡桃子・大島岳・久保優翔)

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