2025/10/10号 6面

「読書人を全部読む!」9(山本貴光)

読書人を全部読む! 山本貴光 第9回 自然科学コーナーが充実  創刊からしばらくの「週刊読書人」を読んでみて、現在と大きく違うと感じることの一つに、科学方面の書評がある。当時の紙面は、1面の特集的な記事に続いて、面ごとに「文学芸術」「社会科学」「自然科学」「児童教育」「雑誌」「家庭趣味」などと分野が割り当てられている。  具体的にはどんな内容だったか。なかなかの充実ぶりをお伝えしたいので、1958年の創刊号を例に少し詳しくご紹介しよう。まず、坂田昌一(1911-1970/47/名古屋大学教授・理論物理学専攻)による「科学者の責任と自覚」が大きく出ている。第2次大戦で使われた原子爆弾への反省、戦後冷戦下での水素爆弾の開発をめぐるラッセル・アインシュタイン声明をはじめとする科学者らによる原水爆禁止に向けた活動に触れて、科学者の社会的責任を論じた評論である。  1950年代は、アメリカとソ連を筆頭に水素爆弾の開発・実験が進められ、核戦争と人類滅亡の可能性が絵空事ではなくなり始める時代でもある。また、1954年3月1日のアメリカによるビキニ環礁近海での水爆実験で日本の漁船、第五福竜丸が被曝した記憶も新しい頃だ。1955年には、広島で第1回原水爆禁止世界大会が開催され、世界各地で反対運動が広がりつつあった。  あるいは菅井準一(1903-1982/55/都立大学講師・科学史専攻)による「現代科学を築いた人々」では、マックス・プランク(紙面での表記はマクス・プランク)の業績を論じつつ、未邦訳のドイツ語の評伝や日本語で書かれた関連書も紹介している。  また、「新刊の宇宙旅行と人工衛星の本」という見出しで、島村福太郎(1921-/37/東京学芸大所教授・天文学専攻)がヘルマン・オーベルト『宇宙の設計』(日下実男訳、みすず書房)、ソ連文化省編『スプートニク』(朝日新聞社)、M・O・ハイド『地球と宇宙の探検』(崎川範之訳、時事通信社)の3冊を評しており、いまでもこういう書評が載るといいな、と自然科学書が好きな身としては思うのだった。  目を惹かれるのは荒正人(1913-1979/45/文芸評論家)の「研究室めぐり」で、荒が記者とともに東京天文台を訪れて、畑中武夫教授に電波望遠鏡の話を聞くという趣向。話は電波望遠鏡の外観や機能、歴史、製造や費用にも及び、「南極観測で使う金の何十分の一かあればよいのである」と、後の目からはやや唐突にも見える比較が面白い。この記事の少し前、1956年11月に日本の南極地域観測事業が始まっており、第1次では9億円、第2次では7億円という巨額の国費が投入されたことが念頭にあったのだろう。  その記事のすぐ下には、当舎万寿夫(1924-/34/気象研究所高層気象研究室勤務)が中谷宇吉郎(1900-1962/58/物理学者)の『北極の氷』(宝文館)を「啓蒙書のよい手本」と褒めている書評が並ぶ。その末尾に「氷につき地味な研究をつづけた著者の成果と、莫大な費用と日数をかけてお祭り騒ぎをした南極観測隊の成果とを比較したいものである」とあり、良くも悪しくも注目されていた様子が窺える。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)