ホームレス文化
小川 てつオ著
村上 靖彦
今年読んだ本のなかでも印象に残るものの一つだが、感想を書きにくい。読みやすい本でありぜひお薦めもしたいのだが複雑な印象を残す書物だ。
本書は、東京のある公園でホームレスを営むテント村に住む著者が日々をつづった日記である。2002年から最近までの出来事がゆるやかに年代順で綴られる。ホームレスを排除しようとするジェントリフィケーションに抗議する実践の記録でもあり、キャラが立つ登場人物たちが行き来する日々の生活でのユーモラスな日記でもある。著者の小川てつオ氏自身もテント村に長く住むとはいえホームレスをこんなふうに描いていいのだろうか、というとまどいも最初はあった。
評者の僕自身、数年前から大阪市西成区でまちづくりにかかわる委員を務めている。西成ではこの十数年間でハウジングをめざす福祉的な取り組みの結果、野宿者は大幅に減った。路上を選んでいる人からみたら、僕はジェントリフィケーションに関わっているのかもしれない。傍観者として本を楽しむことは排除に加担することになるだろう。自分はどのような立場にいるのか、揺さぶられながら読み進めることになった。
一般には社会的困窮の結果住まいを失った人だという「弱者」としての側面が強調されるだろう。しかし本書でまず強調されるのが、ホームレスは実践であるということだ。
高い家賃を払えない、あるいは払うのがバカバカしいと考える、そして社会が強制する自立だとか一人前だとかの規範に乗ることができない、あるいは乗ることをバカバカしいと考える、そういう若い人たちがはっきりとした層で出現して、従来の野宿者と混じり合っていくような状態を10年前くらいにぼくは夢想していた。そのことが、所有の感覚を含めて、社会の枠組みを更新していけば面白いと思っていた。しかし、実際は、そのような人たちは狭いネットカフェに押し込められ、就労試練の隘路を歩まされる一方で、行政がテントを新たに作らせないし排除するという、全体としては秩序強化の方向に社会は動いてきたと思う。(2017年2月6日、255頁)
たしかに社会実践ではあるのだが、大きな声を出す抗議ではない。静かに住み続けること自体が実践となっている。とはいえ「炊き出しの場において、野宿者が主体的になることは難しい」(229頁)。支援者が主導権を握ってしまうことが多い上、声を奪われ声を出すことをのぞまない人たちが多い。本書は主体的な実践ということに難しさがともなうなかでの試行錯誤の記録でもある。著者がつくった「エノアール」という、テント村の一画に絵画を吊るしてホームレスも外から来た人もつどう居場所も、そのような実践の一つだ。
さらには、僕が知らない論理でできあがり動いているコミュニティがあり、そのことへの驚きが大きかった。例えば以下の場面……
テント村の住人は、もののやり取りによって関係を作っていく。物をあげるということが、あなたと親しくしますというサインなのだ。だから、挨拶を交わすことの次の段階が物を交わすことである。捨てられたハンバーガーしか食べていない人からお米をもらったとき少し驚いてしまったが、それは驚くようなことじゃない。彼は日頃のお返しをして、ちゃんとした関係にしたかっただけだ。そういう意味で言えば、ボランティアや支援の人たちによる一方的に与えるというやり方は、テント村のやり取りの中では関係とは言えない。物のやり取りで大切な点は、ある程度お互いに生活が見えていることである。(2006年7月16日、34-35頁)
単なる物々交換ではない。「物をあげる」ことは「挨拶」でありそのようにコミュニティをつないでいく営みだ。さまざまな出来事から、野宿者についてではなくそもそも世界に対して僕がもっている先入観をぐらぐらさせられる。
とはいえ本書では深刻な現実も描かれる。ユーモラスに始まった本書だが、後半に差し掛かるにつれて苦い場面が増える。差別を受ける場面もあり、とくに障害者から著者が差別を受ける場面は考えさせられる。周囲で起きる自死や突然著者が受ける暴力といった場面に読者である僕もダメージを受ける。
たった20人しかいないテント村で、この3年間、毎年一人は自ら命を立ってきた。それまでの15年間には聞かなかったことだ。これはどうしたことだろうか。テント村の住人も高齢化するとともに、野宿で生きていける条件は社会の中で次第に切り縮められてきた。これからどうしたらいいのだろうか。まだ呆然としている。(2021年6月20日、308頁)
管理が行き届いた後期資本主義社会の周縁で生きることを選んだ人たちが、強者の論理によって追い詰められ、自死にいたるとき、それを僕たちはどのように受けとめたらよいのだろうか。みなさんが物々交換や会話やちょっとした助け合いを通してつくりあげてきたつつましい〈生きるスペース〉がつぶされようとし、人が亡くなるとき、それを強いた社会とはいかなるものなのだろうか。(むらかみ・やすひこ=大阪大学人間科学研究科教授・哲学・現象学的な質的研究・精神分析)
★おがわ・てつお=二〇〇三年から都内公園でテント生活を始め、現在に至る。テント前で物々交換カフェ「エノアール」をいちむらみさこさんと運営。著書に『このようなやり方で300年の人生を生きていく[新版] あたいの沖縄旅日記』、共著に『マイノリティだと思っていたらマジョリティだった件』『反東京オリンピック宣言』など。一九七〇年生。
書籍
| 書籍名 | ホームレス文化 |
| ISBN13 | 9784990263782 |
| ISBN10 | 4990263782 |
