刺青絵師 毛利清二
山本 芳美・原田 麻衣著
高鳥 都
東映の任俠映画やテレビ時代劇『遠山の金さん』など、男女問わずスターの体に刺青を描いてきた絵師・毛利清二に計四十五時間ものインタビューを行った聞き書き本──なのだが、著者が二人という体制もふくめて、なかなか一筋縄ではいかない〝奇書〟である。
インタビュアーのうち、山本芳美は刺青の研究家であり、『イレズミの世界』『イレズミと日本人』などの著書を持つ大学教授。原田麻衣は京都大学大学院でフランソワ・トリュフォーを専攻する映画研究者だが、東映太秦映画村・映画図書室の学芸員として毛利のインタビューに立ち会い、その後は単独でも取材を行うようになる。
刺青と映画、異なる分野を研究してきた両者がコンビを組み、お互いを補いながら希少な職人の聞き書きに挑む。まるで〝バディもの〟さながら、そんな舞台裏までもが一八ページに及ぶ「まえがき」に記されている。
刺青絵師の回想録を期待するならば、いささか長い前口上だが、文化人類学者の山本によるアク強めの自己を差し込むスタイルこそが本書の特性だ。すでに『刺青絵師 毛利清二自伝』という書籍が存在することも相まって、〈端的に言えば、一九九八年の『自伝』で述べられていたのは、毛利さんが残したかった「自画像」であった〉〈「仕事自体について話せなかった不幸な人だ」と思い込んでいた〉と、より深く掘り下げていくことを宣言する。
だが、フィールドワークに一家言ある聞き手の意気込みに反して、毛利は「刺青の色」といった核心のテクニックについては明かさず、語ったとしても「伏せてほしい」と頼む。助手だけで弟子はおらず、後継者を残さなかった職人らしい線引きであり、また映画というフィクションに携わる集団作業の一員という配慮であり、原稿チェックにおける水面下の攻防も随所で感じさせる。
第一章「刺青を描く、映画をつくる」では専門家らしいディープな質問が次々と投じられるが、〈初回インタビューの内容は率直に言って、そのあとも何度か聞いた「毛利さんの定番のお話」であった〉と高齢者相手の難しさが振り返られつつ毎回四時間という長丁場へと発展していく。刺青秘話と取材点描が交差する構成は、映画本編とメイキングが合わさったような斬新さだ。
もちろん、毛利の語りはおもしろい。深部こそ詳らかにしないが、サービス精神たっぷりに刺青絵師のディテールが披露される。彫師業界や「本職」の人々と一線を引くスタンスについては彫師サイドからの異なる証言が挿入され、さらには双方を総合した著者の推察まで二転三転の複雑さが読みどころ。
第二章「俳優と生きる、撮影所を生きる」は一転、シンプルにスターたちとの交流が自伝よろしく語られる。そして第三章「刺青絵師まで、刺青絵師のあとで」において、これまで断片的に語られてきた毛利の軌跡がまとめられる。
絵の上手な少年が繊維会社の意匠部に就職し、二十六歳で東映京都撮影所の大部屋俳優となり、やがて刺青を担当するように。労働組合での活動や一九七五年以降は「首切りなき合理化」で東映太秦映画村のサラリーマンとなり、刺青の仕事はその合間に行われていたことなど、自伝で明かされなかった部分も興味深く、取材を重ねるごとにノッていく様子が示されていく。
それぞれの著者の論考も収録。毛利本人は刺青絵師としてのデビューを一九六七年の『博奕打ち一匹竜』としているが、それ以前より多数の担当作が存在しており、エビデンスを指摘しても己の主張を譲らない──その頑なな理由を推察するところから始まる、原田麻衣のテキストがまず読ませる。
山本芳美は東映京都撮影所の歴史そのものを毛利清二の人生と重ね合わせ、「刺青と日本社会」という自らのテーマに近づく。ただし、いささか付け焼き刃の印象は否めず、些末な部分はさておき〈東映テレビ・プロダクション(後の東映太秦映像)〉という事実誤認を繰り返し展開しているのはいただけない。関係者発言の引用で両社が別組織であることも記されており、それこそ各種資料を読み込んでいれば間違えるはずのない基礎の部分であるだけに。
「文化人類学」「映画研究」というアカデミズムの両ジャンルとも現場スタッフへの聞き書きが少ないことを嘆き、みずからの仕事を称揚し、自負するスタンスは大いに支持したい。近年の東映関連本の流れから、刺青をめぐる本職(やくざ)と撮影所の関係も押さえつつ、学術書として独自の模様が浮かび上がる。
なにより取材当時九十三歳という毛利清二の存在そのものが貴重であり、本書をきっかけに撮影所の職人へのフィールドワークも増えるのではないだろうか。まだ間に合う。今後の開拓に期待したい。(たかとり・みやこ=ライター)
★やまもと・よしみ=都留文科大学教養学部比較文化学科教授・文化人類学。著書に『イレズミの世界』『イレズミと日本人』、共著に『靴づくりの文化史』など。
★はらだ・まい=京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程。東映太秦映画村・映画図書室の学芸員。主要論文に「物語る「私たち」 フランソワ・トリュフォー『あこがれ』(1957)における文学作品の映画的変換」など。
書籍
書籍名 | 刺青絵師毛利清二 |
ISBN13 | 9784791776917 |
ISBN10 | 4791776917 |