2025/07/11号 5面

ポピュリズム

堂場瞬一著『ポピュリズム』(土佐有明)
ポピュリズム 堂場 瞬一著 土佐 有明  フィクションとは思えないほどリアリティに満ちた小説である。舞台は二〇××年の日本。政界では一〇年以上前に与党の新日本党により国会が廃止され、直接民主制が現実味を帯びつつある。新日本党は、選挙で国会議員を選ぶのではなく、二〇歳以上の国民からランダムに議員を選出するシステムを構築。選ばれた彼ら/彼女らは特定の利権に結びつく機会が少ないため、政治とカネの問題が払拭されたという筋立てだ。なお、与党も行政のトップとしての首相と大臣は必要だと考えているが、野党第一党の民自連は新日本党のやり口を「民主主義の破壊だ」と批判してやまない。そんなあらましだ。  有り得ない話ではない。批評家の東浩紀は〇九年にテレビの討論番組『朝まで生テレビ!』に出演した際、「人口が五万人程度の市町村なら、SNSなどを使えば直接民主制が可能だ」と発言した。これは市町村にコミュニティ意識が残っており、全体が見渡せる規模であることが前提だが、番組では大きな話題になった。司会の田原総一郎は「彼は今、非常に重要なことを言った!」と興奮し、「猪瀬さん、どう?」とパネリストの猪瀬直樹にむちゃぶり。唐突に話を振られた猪瀬の「え? オレ……?」という当惑顔が忘れられない。  ともあれ、この東の構想は、より精密な理論から成る著作『一般意志2.0ルソー、フロイト、グーグル』にまとめられているのでそちらを参照して欲しい。そして、社会派小説の大家である堂場瞬一『ポピュリズム』は、そうした東の未来予想図とも響きあう政界の在り方を描出している。物語の主軸となるのは、国民投票で決まる首相選。新日本党はベテランの女性議員・大曽根摩弥を、直接民主制に反対の民自連はワイドショーで顔も知られている大学教授の尾島を、それぞれ擁立。加えて、お笑い芸人出身だが政治にも一過言あるYouTuberの城山が立候補。三つ巴の選挙戦が繰り広げられる。泡沫候補が跋扈するところや、失言や舌禍が選挙戦で致命傷になる辺りも、現実を直截にトレースしていると言えるだろう。  選挙戦は主に、大曽根のイメージアップ戦略を担当する深井珠希の目線で進行する。「首相選は人気投票だから」と摩弥自身が言うように、デキる女性政治家につきまといがちなキツい印象を和らげようと、裏方仕事が天職だと自認する珠希が八方手を尽くす。猫を可愛がっていることを前面に押し出し、宝塚のスターと対談し、機会があればフィギュアを集めるほどのオタク趣味も開陳しようともくろむ。  さらには、ハーブティーに凝っているという情報を拡散し、メイクも柔らかい感じを心掛け、服の配色にも入念に配慮。その気づかいは徹底している。よく、モデルや俳優は自分がいちばん映えるアングルを熟知しているというが、政治家にまで「選挙映え」が求められる時代になったのである。これもまた、現実とシンクロする話ではないだろうか。  政策より人柄。中身よりイメージ。実績より知名度。実力より顔つき。想田和弘監督のドキュメンタリー映画『選挙』では、初めて選挙戦をたたかう自民党公認候補の奮闘が描かれているが、彼は政策の内容は正直どうでもよく、いい人だという印象を与えればいいと先輩にふきこまれる。自分の配偶者は妻ではなく「家内」と呼ばなければならない。握手をする時は相手の目を見て力いっぱい手を握らなければならない。幼稚園の運動会や地元の祭りにも出向いて顔を売らなければならない。気合いを込めて大声で自分の名前と「がんばります」と連呼する、その言葉のなんと空疎なことか――。  ちなみに、最近よく思うのが、ギトギトに脂ぎった大物といった風情の政治家が減っているということ。塩顔で清潔感があって、なんならぷちホワイトニングやインプラントをしていてもおかしくないように、歯は真っ白でキレイだ。本書はこうした実情まで考慮したうえで反映しているからこそ、真実味があるのだろう。  直接民主制が部分的に実現してもなお、いや、実現したからこそ、人気先行型のポピュリズムが横行することが予測される。本書はそうした政治システムの著者による思考実験とでも呼ぶべき作品だ。ちなみに投票はタブレットで選びたい候補者のボタンを押すのみ、という設定となっている。本書には明記されていないが、この方式にもまだまだ問題点が残されていそうでなんだかおそろしいが、さて、この国の行く末は……。(とさ・ありあけ=ライター)  ★どうば・しゅんいち=作家。「ラストライン」シリーズ、「警視庁犯罪被害者支援課」シリーズ、「警視庁追跡捜査係」シリーズ、ほかにメディア三部作『警察回りの夏』『蛮政の秋』『社長室の冬』、「ボーダーズ」シリーズなど。一九六三年生。

書籍

書籍名 ポピュリズム
ISBN13 978-4-08-775474-2