特攻隊員だった父の遺したもの

「正しい人間になれ」

「たくさんカネを持っている者が偉いんじゃない。心がきれいで、困っている人を助ける者が世の中で一番偉いんじゃ」

上の言葉は、17歳で予科練航空隊に入隊して特攻隊員となった父が、戦後10年を経て生まれた我が子に繰り返し語った言葉です。
大日本帝国の敗戦により、「戦争の大義」が嘘っぱちであったことを知り、米軍機の空爆による戦友の無惨な死が脳裏に焼き付き、生き残った後ろめたさにさいなまれた著者の父は、心の中に大きな虚無を抱えて生きなければなりませんでした。

「俺が軍隊で経験した気持ちは信念でも何でもない狂的心理だ」

「戦争が終わってからこの方、一体俺は心の底から笑った事があるだろうか」

と日記に書き記した元特攻隊員は、家族を得てようやく心の平穏を取り戻しました。
「正しい人間とは何か」「正しい行いとは何か」──父の期待・願いを受け止めた著者はフランス文学・思想の研究者として学問の道に進みます。また、同じキリスト者として、ナチス・ドイツから逃れてきたユダヤ人を助けた杉原千畝に深い関心を持ち、1990年代後半に台頭した歴史修正主義勢力と対峙します。
「戦争は結局、いかなる理由をつけても『悪』だ。一人の幸福のために、一国の利益のために、他人を痛め、他の国を侵すことは悪いことだ」と我が子を諭した言葉は、「今だけ、金だけ、自分だけ」の荒廃した日本社会を照らす一筋の光となっています。
戦争の記憶をどう受け継いでいくか?──父から子へ託された言葉を収めた本書は、戦争未体験世代がマジョリティーとなった今、1つの指針を指し示しています。
著者 松浦寛
出版元 高文研
頁数 243頁
発行日 2023-11
ISBN13 9784874988664
ISBN10 4874988660

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