2025/04/11号 6面

民族がわかれば中国がわかる

民族がわかれば中国がわかる 安田 峰俊著 城山 英巳  評者が大学の中国語授業で、「中国は漢族と55の少数民族から構成される」と説明し、学生に「少数民族を挙げてみて……」と尋ねてみたことがある。「チベット族、ウイグル族……」。この後はなかなか出てこない。日本メディアでも、「中国の少数民族」という言葉はよく目にするが、具体的なニュースとして報道されるのは、共産党政権のウイグル族やチベット族に対する人権侵害の問題が多く、回族、満族、チワン族の実態や現状が伝えられることはほとんどない。  しかし、55もの少数民族を抱える中国の「民族」問題が、中国共産党政権にとって死活的な重大問題であるのは、著者の指摘通りである。一方で、中国民族問題の全体像を分かりやすく把握でき、中国論として展開されている類書はこれまでなかった。その点で、「民族」を通じて中国の根源と本質を理解するという試みは画期的である。著者は、歴史的事実と学術的視点を用いて通説を解説すると同時に、B級ニュースや身近な話題も交えて現代的な意味を常に意識して提示し、読者を飽きさせない構成になっている。  評者が所属する大学院には中国各地から留学してきた中国人学生が多く在籍しているが、交流していて頭が混乱する時がある。複雑な帰属意識がその原因の一つである。日本でも「江戸っ子」「大阪人」「道産子」など出身地への帰属意識を持つが、彼ら彼女らは「中国人」「漢族」であること以上に、出身地へのアイデンティティが強いように感じる。  言語(方言)が絡めばさらに複雑だ。関西弁や東北弁でも意思疎通できる日本と異なり、北京人に上海語や広東語は通じない。福建省南部から日本にきた留学生が言うには、福建省では南部のアモイや泉州で使う「閩南語」のほか、福州など他の地域で使われる「閩東語」「閩北語」など多様な方言があり、お互いに通じない。その留学生の帰属意識は、「中国」「福建」というより、方言の地域にあるようだ。ちなみに「閩南語」は台湾の本省人が主に使用している。  著者が指摘するように「客家人」「広東人」「福建人」などの住む華南地方では、「民族」とは違う方言集団や族群(エスニックグループ)が存在する。このほか中国人は、自らが「北方人」なのか「南方人」なのかという帰属意識もある。さらに共産党政府による民族識別工作で「民族にならなかった人々」もいる。  本書は、これら多種多様な人々を網羅し、民族や方言の坩堝である複雑国家をとらえ直し、「中国・中国人とはいったい何なのか」という問いに答えてくれている。その上で、なぜ習近平国家主席が「中華民族」という概念をことさら強調し、「中華民族の偉大な復興」を高らかに唱え続けるのか、という習近平政治を理解する上で欠かせない論点への見方も与えてくれている。  「自分は必ずしも中国人ではない」と感じる少数民族やエスニックグループを抱え、バラバラな国民を一つにまとめ上げるのは、統治側にとっては至難の業であり、民族や方言の問題は体制への遠心力になりかねない。歴代指導者に比べてこうした危機感が強い習近平は、「中華民族」というスローガンで国民を一つにまとめ上げようとしている。逆に言えば、民族問題を利用すれば、自らが描く国家統治も可能になるとも考えているのだ。  近年、「民族」や「方言」に対する意識が強い中国において変化が生じている、というのが著者の分析である。  習近平の強権体制が進行する中、ウイグル族やチベット族、モンゴル族といった少数民族への言語や文化に対する締め付けだけでなく、漢族の間でも広東語や閩南語、上海語など南方の方言も存在感が薄れているという。「南方人の個性の希薄化は、漢族全体の北方人的な気質の強まりを意味する」。こう解釈する著者はさらに踏み込み、北京で生まれ育った北方人の習近平は「漢族の北方人化」を目指していると指摘。「中華民族」の名の下に、ウイグル族やチベット族らを含め国民全体の画一化を進め、香港人や台湾人についても北方の漢族文化に包摂させたいとの志向を持つとしている。つまり「中華民族=漢族=北方人」という「国民の個性の均一化」と同時に、「世界一巨大な単一民族国家を作る道ではないか?」と言うのだ。  日本メディアでは「中華民族の偉大の復興」が意味するのは、「台湾統一」であるという構図で描かれることが多いが、そう単純ではない。習近平はもっと大きな野望を抱いているかもしれない。最近、中国当局が「沖縄」へのアプローチを強めていると指摘されるが、「帝国化」する中国の民族問題は日本にとっても無縁でないことを考えさせてくれる一冊になっている。(しろやま・ひでみ=北海道大学大学院メティア・コミュニケーション研究院教授・現代中国論・日中関係史・中国メディア論)  ★やすだ・みねとし=紀実作家・立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。著書に『八九六四「天安門事件」は再び起きるか』『中国ぎらいのための中国史』など。一九八二年生。

書籍

書籍名 民族がわかれば中国がわかる
ISBN13 9784121508324
ISBN10 4121508327