2026/07/03号 4面

活動的哲学へ

活動的哲学へ 森 一郎著 池田 喬  著者の森一郎は、ハイデガー、ニーチェ、アーレントの翻訳と研究書を立て続けに刊行し、私たちを驚かせてきた。また、九鬼周造や三木清らの日本哲学の研究でも活躍中だ。その森が、「哲学する営みがそのまま一個の活動実践であるような生き方」を模索するなかで出会ったという、ハイデガー、アーレント、三木とともに、「活動的哲学へ」の道を指し示したのが本書である。たしかに、この三人において、哲学的に書くことはそのまま自らが生きる時代に対する自己表明だった。ナチス政権、原子力時代、アイヒマン裁判、昭和研究会等々、三人は時代の渦中で思索し、後に厳しい批判を受けることにもなった。  これらに比べると、本書で活動的哲学の別名として登場する「日々是哲学」は穏やかに響く。しかし、本書で森が哲学書を読み、自ら書くという実践において正々堂々と意見を述べているのは、原発事故、リニア新幹線、日本国憲法と、現代日本の第一級の政治問題ばかりである。あるいは、森が深く関与した事例として扱われる東京女子大学の建物解体問題や宮城県美術館現地存続運動などは、ローカルで地味に見えるかもしれない。しかし、これらも現在日本各地で住民を苦しめている無意味な乱開発の縮図である。  本書前半の第一部「つくることとあらためること――アーレントとともに日々是哲学する」では、作ること、建てること、時代を超えて維持すること、あらためてやり直すことの人間にとっての重大さが、特にアーレントの労働、制作、行為の区別を軸として、上述した現代日本の事件に即して炙り出される。後半の第二部では、三木だけでなく、三木と同様に、若い頃のハイデガーの講義や演習を現地で受け、その多大な影響下で昭和初期の日本の哲学を生み出した九鬼の時間論や田辺の政治哲学の比較思想史的研究が披露される。読者は、日々是哲学で磨かれた軽快な文体によって、哲学の抽象的な議論に、具体的現場の問題を描き出す力が吹き込まれるところを目撃するだろう。  すでに見たように、本書には副題の三人以外にも20世紀の様々な哲学者が登場する。多彩な顔ぶれが一冊の本に集結しえたのはハイデガーという光源ゆえだ。ハイデガーの影響下で展開した現代の哲学はフランス現代思想だけではない。日本哲学も含めて、この光源の照らし出す範囲は広く、その照明は強い。しかも、本書が示しているのは、難解なジャーゴンをひねくり回す思想家ではなく、明快な言葉で状況に参与する活動的哲学者たちがハイデガーから輩出したという側面であり、ハイデガー哲学の新たな相貌である。  だが、本書を導いているのはなんと言ってもアーレントである。アーレントにおいて行為とは公的領域で対等に言葉を交わし合い、人々と協働で事をなす「政治的」な活動であり、物を相手にした制作とは別である。もっとも、本書は、公共の建築物の歴史的次元に目を向けさせ、開発の名の下にこれらを破壊する行政や大学当局に対し、維持や継承の意義を強調する。制作とは、書物を含め、有限な人間が耐久性のある作品を残して、歴史に足跡を残す活動なのだ。例えば、本書第二部では、物象化批判で有名になった廣松渉の「もの」と「こと」の区別に関連して、出隆、山本信、坂部恵の思想が取り集められ、(森の出身である東大の)思想史的水脈が発掘されるが、これは先人の足跡が消えないようにする森の活動的哲学の実践であろう。しかし、このような制作の重要性は、行為の領域である政治を制作モデルで構想してよいという帰結を導くものではない。むしろ、森によれば、アーレントの行為と制作の区別は、職人仕事のイメージで政治を語り、自由な言論の行為を軽く見積もってきたプラトン以来の伝統の危険をえぐり出すためである。本書の批判の矢は、行為と制作を混同し、しかもこの混同に基づいて政治を語る者たちに向けられる。それこそハイデガーであり、三木であり、田辺であった。  たしかに、彼らの政治的発言には問題があった。だが、森が問うのは、彼らを安全な立場からあげつらう今日の私たちは、彼らのような言論活動の自由度をもっているのか、ということだ。ナチス政権下にも治安維持法下にもないのに。たしかに、現在の世界では、批判を恐れて、中立なる無難な立場で開き直るか、一般の共感を呼びそうな言説で支持を得るか、といった立ち回りが目立つ。森がこの本で読者に訴えているのは、畢竟、「自由におおらかに」政治について私たちは語ってよいのだ、ということにほかならない。では、活動的哲学へと呼びかけられた読者は、原発問題に、憲法問題に何を言えるのか。私としてはこの呼びかけに応じたいと思う。だが、そのための何かが欠けている。その何かとは、まさに日々是哲学という地道で濃厚な哲学的生活だと痛感させられる。(いけだ・たかし=明治大学教授・哲学)  ★もり・いちろう=放送大学教授・哲学。著書に『死と誕生』『死を越えるもの』『世代問題の再燃』『現代の危機と哲学』『ハイデガーと哲学の可能性』『核時代のテクノロジー論』『ポリスへの愛』『アーレントと革命の哲学』『ニーチェ』『アーレントと赦しの可能性』『いのちのどこが大切なのか』など。一九六二年生。

書籍

書籍名 活動的哲学へ
ISBN13 9784130160582
ISBN10 4130160583