今度は異性愛
松浦 理英子著
八木 寧子
評者が義務教育を受けていた昭和の頃、学校ではトランスジェンダーなど認められず、性別が厳格に規定されていた。そして、恋愛は異性とするものという巨大な決めつけに社会全体は覆われていた。文学や漫画、映画などで描かれる同性愛は特別な人だけの異質なもの。そこには差別もあり、礼讃を忌避するような風潮があった。
今では「多様性」という語が浸透し、黒か白かではなく、グレーも認識しましょうと促される。例えば性別。「男/女/回答しない」。だがこの選択肢にも違和感を覚える。黒か白か灰色か。多様性と言ってもそこには厳然と区分けする線が引かれているのだ。そして恋愛に関して言えば、「同性愛/異性愛」の二択だけだろうか。異性愛をあえてモチーフにした本作からは、分けることの意味と無意味、その両方を受け取った。
アマチュア作家の宮内祐子が書き手となる、創作日記形式。祐子は、四十代までは男性同士の恋愛を女性に向けてネット上で発表するボーイズラブ作家として、一定の読者も持っていた。
世界が新型コロナウイルスの感染に覆われた二〇二〇年以降、六十代になった祐子に再び創作意欲が猛然と湧いてくる。「今度は異性愛」。男女の性愛ファンタジーを書いてみたいと思うようになり、さまざまに過去を想起し、思考を巡らせる。
彼女にとっては、男性同士の交情は、「あたりまえの日常的な関心であり欲望」であった。小学校時代、ある男子の「憧れやときめき」としての好意のベクトルが特定の男子に向いているのを見るのが好きだったのだ。そして、まさに性と愛の多様性が表現の風土で次々と開花した一九七〇年代、中学生から書き始めた。
祐子は幼稚園の年長まで、自身を「女の体をしていても男」だと思っていた。それは現在の「性同一性障害」つまり性別違和とは少し異なり、違和や不快はなかったと回想する。単に「男の子」と見てもらうことが嬉しかったのだが、すぐに通用しないと諦めたのだ。そして彼女は自分の欲望と空想を、創作で自由に羽ばたかせる。
還暦過ぎて異性愛を書こうと思ったのは、単にこれまで創作対象としてこなかったからなのだが、かつての読者・めぐみとの交流を再開し、自身の恋愛遍歴や職場などでの人間模様をたどるなか、さまざまに小説の設定を試みる。そして、性愛を事細かに描きはせず恋愛も正面から扱うつもりはないながら、「いわゆる恋ではなくても、やむにやまれぬ熱いものが核心に含まれている関係」を形にしようとする。
その後、めぐみを通して読書会の茶話会に参加し、セクシュアル・マイノリティの捉え方や若い世代が抱く感覚の違いに触れる。コロナ禍に人と会った昂奮もあり、そこから実作にかかるのである。
祐子の創作を巡る冷静な分析と思考を受けて、読む側が受け取るものも実に多様。性別違和ではない形で社会的な性別と少し違う内実というようなあり方や、アセクシャルの様相もそれぞれであること。人には独自の美意識があって、性認識、性愛観が醸造され、変容すること。すると、異性愛、同性愛にも確とした規定はなく、黒白灰とも違う真の多様的なあり方があるはずだと気づくのだ。
文芸誌「新潮」(二〇二六・六月号)の、編集者・藤本由香里との対談で、濃密な初期作品より繊細になったと評された著者。本作については性愛でない関係の官能性への意識があったが、同性愛も異性愛も書く上では基本的に同じだと言う。違いが生じるのは社会環境や肉体的な要素が要因なのだと。すると、恋愛においては相手側とも一致しないそれぞれの物語を生きているということを主人公の視点に織り込みたかったのでは、との指摘も受けていた。
作品内で象徴的だったエピソードは、農業をしていた男性と祐子の対等な関係が、男の死で切断されたこと。死因の原因となったスズメバチは表紙カバーにも描かれているが、その社会を構成するのは基本的に雌だけである。そして最終的に、作中作にはある男女が出てくるが、そこに性愛は示されない。恋愛には相手が必要だが、人間はまず自分の物語を生きるということ、そして「事が起きなくてもいい関係性」に含まれる豊饒な可能性と想像の余地を残して、作中作、次いで本作も閉じる。
松浦理英子という作家がこれまでに描いてきた女性、男性、そして「それ以外」では括れない数多の存在。異性愛をあえてモチーフにした本作で、自分をカテゴライズすることの意味と無意味さ、どちらも誤りではないと示唆されたように感じている。(やぎ・やすこ=書評家)
★まつうら・りえこ=作家。著書に『親指Pの修業時代』(女流文学賞)『犬身』(読売文学賞)『最愛の子ども』(泉鏡花文学賞)『ヒカリ文集』(野間文芸賞)など。一九五八年生。
書籍
| 書籍名 | 今度は異性愛 |
| ISBN13 | 9784103327226 |
| ISBN10 | 4103327227 |
