2026/09/18号 6面

めくるめく絶滅の物語

めくるめく絶滅の物語 イ・ジョンモ著 保坂 直紀  この本を読んで思い出したのは、新聞記者をしていた二〇〇五年、愛知県で開催された国際博覧会「愛・地球博」に合わせてつくった「万博地球新聞」だ。同僚の記者と二人で地球の誕生から恐竜の絶滅、人類の誕生、そして未来図として地球外生命の発見まで、地球史の十一個の大ニュースを、その当時にタイムマシンで行き現場を取材したという想定で号外風にリポートした。  現在の科学でわかっている手堅い事実を話の下敷きにした。目撃者のいないこうした科学的事実が臨場感で味付けすることでいきいきと躍動し始めたのは、新鮮な驚きだった。  おなじく科学の書であるこの本の語り手は、四十六億年の地球史で絶滅した生き物たちだ。地球はすでに五回の「大量絶滅」を経験した。いずれも、ほんの一部の種しか生き残れなかった壮絶な大絶滅だ。たとえば約六六〇〇万年前におきた五回目の大量絶滅。それを、まもなくみずからも消える大型恐竜のティラノサウルスが語る。  そして二一五〇年の世界を語るのは人工知能(AI)。自分を発明した人類が六回目の大量絶滅で滅んだ過程を記録し続けている。  大量絶滅は気候の変化で引きおこされる。火山の大噴火による気温の低下。二酸化炭素の増加による大幅な気温の上昇。生き物は気温や海水温、酸素濃度などの変化に敏感に反応する。  過去には現在より大幅に気温が高かった時代も、低かった時代もある。だが、その変化が数百万年かけて進行したなら生き物は適応できても、数千年、数万年という地球史上の「一瞬」なら、哺乳類などの進化は間に合わない。  現在、わたしたち人類は石炭や石油などの化石燃料を大量に消費し、その結果、地球の気温は一〇〇年あたり約〇・八度のペースで上昇している。わずか五〇〇年で絶滅レベルの気温変化になる。現在が過去五回の大量絶滅より楽観的な状況にあるとは考えにくい。  傾聴に値するのは、いまから三億年前の石炭紀に生きた「メガネウラ」の語りだろう。広げた羽の差し渡しが七十五センチメートルにもなる巨大トンボだ。当時、気温は高く大気中の酸素は豊富で、地球は巨大な節足動物や植物の楽園だった。  だが、その楽園に変化が生じているとメガネウラはいう。倒れた樹木が沼に沈み、そのまま炭化して石炭になってしまった。ふつう樹木は二酸化炭素を吸収して幹などに炭素として蓄え、倒れると陸上で腐って二酸化炭素を大気に戻す。この自然な循環が滞って寒冷化し、石炭紀という時代はそこで暮らす生き物とともに終わった。  そして三億年後の現在、わたしたち人類が、本来なら地中で眠っていたはずの石炭を大量に掘り出して燃やし、大気中に二酸化炭素を急激に戻し続けている。石油の消費がそれに輪をかける。石炭紀の環境が維持され得なかった状況と真逆の環境改変が現実に進んでいる。  メガネウラは現在の人類にアドバイスを贈る。森林を増やして幹に二酸化炭素を蓄えさせればよい。なぜこんな簡単なことができないのですか。さもないと、わたしたちのように滅びることになりますよ……。  地球史にとって珍しくはない「大量絶滅」という事実を前に、わたしたち現在の人類は、地球環境に対してあまりにも傲慢(ごうまん)であるような気がしてならない。かつての地球に現れ滅んでいった幾多の生命のなかで人類だけが不死身だと考えるのは、いかにも不自然だ。  わたしたちはいま、エネルギー供給を原子力発電にふたたびシフトしようとしている。排出される危険な「核のごみ」をこのさき一〇万年も管理し続けなければならない発電方法だ。  いまから一〇万年まえといえば、わたしたちホモ・サピエンスが、本書にも登場するネアンデルタール人と共存していた時代だ。もしネアンデルタール人が原発を使っていたら、ネアンデルタール人は絶滅し、核のごみだけが管理されないまま残ったかもしれない。  大量絶滅は数千年もあればおこりうる。現在の急激な地球温暖化のもと、わたしたちはこのさき一〇万年も存在できるのだろうか。人類が六回目の大量絶滅で滅んだら、核のごみを誰にどのように管理させる計画なのか。そんなこと知っちゃいないのか。  一〇万年計画を立てることなど、地球の生き物にはそもそも無理なのだ。絶滅という自然の道理がわたしたちの倫理には欠けている。地球環境に対してもっと謙虚にならなければいけないことに、この本は気づかせてくれる。  もし人類がすこしでも生きながらえようとするなら、絶滅を他人事とせずその回避に向けて早急に動き、そのうえで身の丈に合った生き方を賢く模索すべきではないのか。  語り口は柔らかく登場する絶滅生物も興味深いが、読後に重い宿題が残る警告の書だ。(金重明訳)(ほさか・なおき=サイエンスライター)  ★イ・ジョンモ=元国立果川科学館館長。延世大学を卒業後、同大学院で生化学を、ドイツのボン大学で有機化学を研究。ソウル市立科学館の館長職などを経て、二〇二〇―二〇二三年に民間人初の国立果川科学館長を務めた。

書籍

書籍名 めくるめく絶滅の物語
ISBN13 9784140820131
ISBN10 4140820136