2026/10/02号 3面

中国料理からみる近代日本

中国料理からみる近代日本 金山 泰志著 森枝 卓士  「東南アジアの料理で知っているのは?」  食文化を教えていた大学で、アジアの話のとき、こんな質問をした。すると、ベトナムのフォー、タイのパッタイ、シンガポールのチキンライスとか、様々な答え。  「それは、間違いじゃない。ただ、日本で言ったらラーメンや餃子。煮付けや刺身に味噌汁ご飯のような、いわゆる和食じゃない」  つまりは中国との関係の中で、近代以降生まれ育った食の文化で……と。『中国料理の世界史』をはじめとする岩間一弘の一連の仕事が、日本での受容変容含めての大きな業績である。こと日本での受容についても『中華料理と日本人』などの丁寧な仕事がある。  で、この金山の『中国料理からみる近代日本』も同じ文脈での試みだと言えるが、岩間がニュートラルな立ち位置、あるいは料理を主役に見ているのに対して、金山は受け入れる日本の側から、そして、受け入れる際のメンタリティー、感情等々により分け入って丁寧に見ている。わざわざ、こういう書き方をするのは合わせて読めば、さらに興味深い世界が見えると思うからだが、ともあれ、今回の主題は金山の仕事。  そうか。受け入れる側の反応を丁寧に見ていけば、それだけでもこれだけの濃厚な物語が浮かび上がるのか。一言で言えば、そういう驚きを覚えた。  明治維新、文明開化の流れの中で、西洋料理とともに中華料理も入ってきた。が、そこに映る眼差しは冷たい。あれだけ長く見上げてきた、学んできた大国なのに、不衛生と切って捨てる。  文明開化で西洋文明をせっせと受容する中で、西洋料理は無批判に受け入れる。ま、といっても、抵抗のあるところに工夫がされて、ご飯に合う洋食が出来上がるわけだが。  対して、中華料理には不衛生という軽蔑と嘲笑……。著者金山は、そのあたりの詳細を資料をあげながら丁寧に説明するのだが、やはり、印象に残ったのは日清戦争。その勝者となったことで、近代化、つまり西洋式の新しい文明をうまく受け入れている日本と、そうではない遅れた中国という意識が生まれ育ち、食も見下す。その際のキーワードが不衛生というわけだ。  公衆衛生や細菌学が発達してきた時期に、文明開化の西洋文明を受け入れた日本では、そう、朝ドラ「風、薫る」で描かれる看護婦たちの奮闘などで、衛生思想が根付いていくわけだが、そのあたりに遅れた中国……というようなイメージである。その事例やら詳細が大変に興味深い。先のコロナ禍での排除の論理等々思い出し、考えさせられもする。  ところで、日清戦争以降のあれこれは隣国を身近に感じるきっかけになったところもあり、単純な反感だけでもない。なにしろ、長く仰ぎ見た大文明である。アンビバレントな感情が存在しても、当たり前というものだ。漢字は言うまでもなく、孔子の儒教だって、西遊記のようなエンタメだって受け入れてきたではないか。  食についての、そのあたりの工夫が日本風にアレンジした日本式中華、である。  「天皇の料理番」として名高い、秋山徳蔵が上海に宮内省から派遣され、研修後、天皇に供している。  あるいは庶民の側からは、その象徴がラーメンといっていいだろう。関東大震災では朝鮮人のみならず中国人も虐殺されたが、その一方で屋台でのラーメンが普及し定着した流れもある。皮肉なことだが。  他にも触れたい話はいっぱいあるのだけど、紙幅が尽きたので……。「中国人に限らず、外国人全般に対するネガティブな感情が、外国人排斥を正当化する言説を支えてはいないか……。近代日本の対中国感情を、中国料理や南京町といった多様な視点から明らかにすることは、そうした現代的課題を考察するうえでも、重要な示唆を与えている」と最後の方に著者は書いている  まさに。ほら、Kポップや韓国ドラマ、韓国料理の受容と反韓とか同じ文脈で同じ問題。我々が考えていくべき宿題、課題だ。(もりえだ・たかし=写真家・ジャーナリスト)  ★かなやま・やすゆき=横浜市立大学准教授・日本近現代史。日本大学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。著書に『近代日本の対中国感情』など。一九八四年生。

書籍

書籍名 中国料理からみる近代日本
ISBN13 9784642306447
ISBN10 4642306447