滅びゆく惑星で 第8回
増田俊也
人はつい、世界には変わらぬ基準があると思い込む。海はそこにあり続け、季節は巡り、寒い土地は寒く、暑い土地は暑い。だからこそ人は海辺に街を築き、農地を開き、産業を興してきた。昨日までの経験が明日も通用するという前提の上に、社会も人生も成り立っている。
しかし近年、その前提が揺らいでいる。地球温暖化によって気温は上昇し、海面は上がりつつある。かつて安全だと思われていた海岸線は少しずつ内陸へ迫り、異常気象は世界各地で日常化している。北極や南極の環境も変わり始めている。私たちは長いあいだ「不変」と信じていたものが、実は決して不変ではなかったことを知りつつある。
だが考えてみれば、変わらない定規などもともと存在しなかったのだ。
私の母校である北海道大学柔道部には、毎年発行されるOB会報誌『北大柔道』がある。私は一九八六年に入学して以来、四十年にわたってそれを読み続けてきた。現役学生の戦績も楽しみだが、卒業生たちの近況には特に時代の流れが映し出される。
私が学生だったころ、すでに捕鯨産業は過去のものという印象だった。しかし会報には、定年を迎えた先輩たちが、現役時代に捕鯨船で何頭の鯨を仕留めたかを誇らしく語る文章が載っていた。昭和二十年代、三十年代には、北大の水産学部遠洋漁業学科は成績優秀者の集まる人気学科だったという。今の感覚からすると意外だが、当時はそれが将来を約束された花形産業だったのである。同じころ東京大学の理類では鉱山学科が一番人気だったともいう。しかし捕鯨産業も石炭産業もやがて見る影もなく廃れていった。
同じことは私たちの世代にも当てはまる。私が若かったころマスコミは誰もが憧れる就職先だった。ところが四十年後の現在、新聞社もテレビ局もかつての勢いを失い、構造的な苦境に直面している。世界に目を向ければ、かつて文化と娯楽の頂点に君臨したハリウッドでさえ、その地位は揺らぎ始めている。
振り返れば、人間はいつの時代も、その時点で最も輝いているものを永遠だと思い込んできた。だが歴史はその予想を何度も裏切ってきた。栄華を誇った産業は衰退し、最先端だった技術は陳腐化し、安泰に見えた企業や組織も姿を消していく。それでも私たちは、また新しい「変わらぬ定規」を探してしまう。
《国破れて山河あり》の山河でさえ地球規模の時間で見れば姿を変えていることは現代の人間なら当然知っていることだ。だがこれを本当に人間が実感し始めたのは地球温暖化がいよいよ確定化されたほんの十年か十五年前であった。結局のところこの世界に絶対不変の定規は存在しない。あるのは変化し続ける現実だけだ。(ますだ・としなり=小説家)
