2026/02/13号 3面

戦争と平和の倫理学

戦争と平和の倫理学 ヘレン・フロウ著 篠田 英朗  戦争に関する倫理学の本である。戦争行為を通じて殺人行為を行うことを、どこまで正当化できるのかに関する哲学書だ、と言ってもよい。  戦争に関する法規範の知識が提供される。そこに倫理的な問題が存在していることも示されていく。そして、きめ細かな戦争あるいは戦争に関する人間の行為をめぐる倫理的な問題をめぐる哲学的な検討が、多岐にわたって展開していく。  非常に重たい内容である。しかし同時に、戦争があふれている現代世界の状況を考えると、時宜にかなった書物でもある。本書の原書には「序論」という副題が付せられている。その意図の通り、内容は戦争に関する法規範と倫理的問題の基本を論じていくもので、奇をてらったようなところはない。ただし、非常に丁寧なので、非常に重厚にもなっている。  現代世界の戦争に憂いている読者は、まずは本書を、向き合うべき課題を整理して理解するための教材として捉えていくことができる。日々の戦争のニュースに疲れてしまいながらも、完全に目を背けてしまいたくはない読者にとっても、本書とともに、論理的な推論にそって戦争を考え直してみることは、意義深いことであるだろう。  戦争開始事由としての「自衛」の考え方を通じて「正戦」の概念の検討をする。次に戦闘員と非戦闘員の区別を中心とした国際人道法の諸規範を概観していきながら、それぞれを支えている倫理的問題に焦点をあてていく。そしてそこから、テロリズム、ドローン(UAV)、戦争終結後の復興期における戦争当事者の責務、といった論点へと議論を進めていく。戦争に関する主要な法的問題を拾い上げながら、倫理的な考察を進めていく、という構成だ。読者は、本書を読むことによって、戦争に関する国際法の重要原則や、基本的な考え方を、一通り学んでいくことができる。同時に、法規範や、現代世界の現象の背景に、倫理的な問題が存在していることを痛感していくことになる。  戦争の開始に関する法規範(ユス・アド・ベルム)は、国際の平和と安全の基盤であり、国際法の中枢を形成するルールである。その背景には、自衛による戦争は、どこまで認められるのか。正しい戦争は、どこまで正当化できるのか、という倫理的な問題がある。戦争中の行為、つまり戦争犯罪に関する法規範(ユス・イン・ベロ)は、国際人道法とも呼ばれる。国際人権法とも並ぶ、国家ではなく、人間の行為に関する重要な国際法規範体系を形成している。その背景には、戦争中であっても許されない人間の行為は何か、戦争に従事している者とはどのような人のことなのか、といった倫理的な問題がある。これらの国際法規範をめぐる諸問題は、テロリストと呼ばれる人々の存在によって、適用が非常に複雑になる。テロリストは、戦争に従事している戦闘員なのか否かは、簡単には一般論の結論を押し付けることができない繊細な問いだ。遠隔地からの無人機の操作で殺人行為を行うことができるようになった戦闘あるいは暗殺のための兵器としてのドローンの使用の広がりは、誰が、どこまで、戦争における殺人行為の当事者として責任を負うのか、という問いに、複雑な性格を与えるようになった。  このように本書は、まず実際の実務でも焦眉の課題となる戦争に関する国際法規範の重要原則を、幅広く見渡していく。その作業の基盤の上に、背景にある倫理的問題を示し、読者とともに推論を重ねて考えていく、という仕組みも持つ。取り上げている題材は安定感があり、哲学的な精査の部分は歯ごたえがある。翻訳もこなれており、現代世界の戦争を考えるための基礎知識と、知的欲求の双方を満たしてくれる良書である。(福原正人訳)(しのだ・ひであき=東京外国語大学教授・国際関係学)  ★ヘレン・フロウ=スウェーデンの倫理学者。ストックホルム大学教授・道徳哲学・政治哲学。著書に『自衛のために人を殺すこと』(未邦訳)『いかに戦うか』(Gerald Langとの共著、未邦訳)など。

書籍

書籍名 戦争と平和の倫理学
ISBN13 9784326303496
ISBN10 4326303492