絵本とは何か
松本 猛著
中川 素子
紙の本が売れない中で、絵本は驚くほど、よく売れている。小さな子を持つ親だけでなく、自分自身で絵本を愛する大人も増えているのだ。
本書は、「絵本とは何か」「絵本の表現」「絵本の歴史」「絵本の可能性」の四章に分かれ、全方位からの絵本論と言ってよい。どの視点からも密度高く書かれ、特に絵本を学びたい人には、最適の本と言えよう。
絵本はどういう表現ジャンルなのか、絵画、漫画、紙芝居、図鑑、画集、映画などと比べられ、単なる子ども対象でなく、自由な表現ができるメディアとして分析されている。
絵本の表現については「いつ」「どこで」「誰と」「何を」「なぜ」「どのように」という5W1Hで分析され、時間の変化、色と形の変化、空間移動など連続する画像を読むことにより、一枚の絵では語れない世界が見えてくることを解き明かしている。
また、「テキストのない絵本も、時間的要素が入ることにより、ストーリー性は生まれる」「絵本制作のヒントが視覚であっても、プロット作りには言葉が関与する」「擬音語と画像が組み合わさると、リアリティがうまれる」など、単純でない言葉、画像などの組み合わせにも注意を向けている。
一九二〇年代のエイゼンシュタインによるモンタージュ理論は、映画だけでなく、絵本解析にも役立っている。複雑なイメージ、同一地点でカメラの向きを変える視点の水平移動の「パン」、カメラ自体を横に移動させる「トラック」、異なる場所や対象のカットを交叉に写す「カットバック」、視点を前後に動かす「ズーム」などだが、画面転換の時、一つの画面が次第に消えて行くに連れて重なって次の画面がでてくる繰り返しの「オーバーラップ」を、子どもたちに親しまれるシンプルな展開方法としている。
それらを解説しながらも、「絵本の鑑賞者には、絵本解釈の自由がある」とか「絵を見るということは、豊かな世界を心の中に生み出すよろこび」などという言葉が嬉しい。
本書は、絵本に関わっていた絵本作家(瀬川康男、長新太、安野光雅、いわさきちひろなど)や出版人である至光社の武市八十雄氏、福音館書店の松居直氏など先輩たちの暖かな気持ちに包まれている。特に本書は、松居氏の著書『絵本とは何か』の同名タイトルを引き継いだオマージュとしていて、松居氏と松本の心の交流が偲ばれる。
また、いわさきちひろは、松本の母親であり、松本は子どもの頃から、その制作の場にも時々いたのであろう。いわさきちひろの絵本、『戦火のなかの子どもたち』『ことりのくるひ』『ふたりのぶとうかい』などを、暖かな目でよく見ている。
筆者は、大学に勤めていた頃、授業で大判、オールカラーの完全収載の絵巻物などを見せたりすることがよくあった。非常に高価で用意するのが大変だったが、そういった現物に近いものに囲まれるだけで、学生たちの理解や作品に対する興味が大きくなるのを感じたものである。
松本が開設した東京のちひろ美術館、長野の安曇野ちひろ美術館の両館は多くの絵本作家と出会い、目を肥やす場を作っていることだろう。
本書の読者は、たくさんの用語が出てきて、覚えるのも大変だろうが、それらの用語を使いながら実際に絵本分析を試みてみるのをお勧めする。
最近の絵本のテーマの広がりとして、思想、生き方、戦争と平和、東日本大震災、原発事故、人種、老いと死、地球環境など多様な今の時代が浮かび上がっていることを単語として書いているが、これからの世界や地球を見ると、今の時代の絵本論としては、もっと強く書いても良かったかなとも思う。
筆者も絵本研究に携わっていたので、松本がシルクスクリーンによるインドの『夜の木』(タムラ堂)についてまで、忘れずに取り上げているのを感心している。また、松本は、これからの絵本として「電子書籍と紙文化」まで書いているが、「読者と共に作る絵本」など、読者の想像力をより活かす視点があったなら、絵本を中心に活動している人たちも紹介できたのではないだろうか。(なかがわ・もとこ=文教大学名誉教授・絵本研究者)
★まつもと・たけし=美術・絵本評論家、作家、横浜美術大学客員教授、ちひろ美術館常任顧問。一九七七年にいわさきちひろ絵本美術館(現・ちひろ美術館・東京)、九七年に安曇野ちひろ美術館を設立。著書に『いわさきちひろ 子どもへの愛に生きて』など。一九五一年生。
書籍
書籍名 | 絵本とは何か |