彼女のカロート
荻世 いをら著
竹永 知弘
フィルムアート社の新たな挑戦〈First Ar―chives〉は、書評家の倉本さおり、そして小説家の滝口悠生と町屋良平という三様の読み手を選者として、再評価すべき不遇の名作をサルベージして復刊する試みだ。「芥川賞」や「文芸時評」という「純文学」業界独特の慣習が有する、ある種の確かな弊害からの地道な、しかしきわめて意義深い保護活動の第一歩が踏み出された瞬間である。その栄えある一人目に選ばれたのが、荻世いをら。一度も芥川賞候補になっておらず、現在の読者が手に取る機会も限られているその知る人ぞ知る作家は、なるほど格好の存在と言える。
本書には、彼が二〇一〇年代前半に発表した、えも言われぬ魅力を持った二つの中編が収録されている。だが両作に予想可能な分かりやすいストーリーは存在しない。タイトルになぞらえて言えば、この物語は「カロート」(お墓の下の納骨室)のように〈空洞〉であり、「宦官」(性器を切除された中国の男性官吏)のように〈不具〉である。しかし作家は、その〈欠性〉をある一点の「空虚な中心」としては描かない。そこで提示されるのはむしろ、日常の随所に謎の空白が、あるいは「破れ目」という「無意味」が当然に存在する、いわば世界の〈多孔性〉を肯定するような視点である。ゆえにと言うべきか、作中のもろもろの要素が未回収でもなぜだかわだかまりはなく、意外な風通しの良さすら感じる。
具体的に作品を読もう。二編の発端に共通するのは〈依頼〉の構図である。表題作の冒頭、墓のメンテナンス業を営む「彼」のもとに一本の電話が入る。やがてその通話相手は、超有名野球選手を夫に持つ女性ニュースキャスターの世利まことを名乗る人物だと判り、叔母の墓の修繕と自身の墓の購入を「彼」に〈依頼〉してくる。また、もう一編の「宦官への授業」でもまた、難読症の誠という学生が知人の〈依頼〉で、宦官よろしく陰茎を切除していると噂される、幸福という珍妙な名の老中国人実業家の家庭教師となり世界史の授業を講じる羽目になる様が描かれる。
だから、本書はまず〈なりゆき〉の小説である。主人公たちはまるで、世利まことのマンションで「彼」が幻視するどこまでも続く廊下のように、あるいはカギカッコの会話文を使用せず延々と地の文が続く「宦官への授業」の文体さながら、ぼんやりとした持続のまま、気づけばするするとノーリターンの深淵へと巻き込まれていく。
他方、本書は〈いきなり〉の小説でもある。話はたえず思わぬ方向への脱線を企て、予想だにせぬ展開や細部を現前させ続ける。そして、それがある閾を超えた瞬間、人々は世界の認識が根底から間違っていたと遅れて気づくのである。驚く者を他所に何食わぬ顔でまた次の持続が始まる有様は、作中に出てくるかの有名な「エッシャーの、あの滝のだまし絵」に似ている。あるいは幸福老人が透析治療を行うダイアライザ的と言うべきだろうか。そう言えば同作に登場する、ある重要人物の名は「環」である。
読みながら、まさに眼前で言葉が生起しているような不思議な感覚になったが、むろんそれは錯覚である。世利まことは、釘を刺すように「彼」に言う。〈火山の噴火と一緒で、本当のゼロからいきなり何かが起こることはないのです。すべてはとっくの昔にはじまっていたことなのです〉。すべての〈なりゆき〉はあらかじめ既に決定している。が、それを体験する者にとり、それはつねに〈いきなり〉出現する。落胆の必要はない。それこそが小説だからだ。小説なるものの真理と予言に満ちたオーパーツのような一冊である。(たけなが・ともひろ=花園大学専任講師・日本現代文学・ライター)
★おぎよ・いをら=二〇〇六年「公園」で第四三回文藝賞を受賞しデビュー。著書に『公園』『東京借景』『ピン・ザ・キャットの優美な叛乱』など。一九八三年生。
書籍
| 書籍名 | 彼女のカロート |
| ISBN13 | 9784845925292 |
| ISBN10 | 484592529X |
