南方熊楠の神社合祀反対運動
橋爪 博幸著
松居 竜五
今から百十六年前の明治四十二年、和歌山県田辺に隠棲していた南方熊楠は、政府が出した神社合祀令に対する反対運動を猛然と開始した。みずからの生活圏にほど近く、貴重な植物を採集するフィールドでもあった周辺の神社の境内の森林が、理不尽に伐採されていくことに対する熊楠の怒りは激烈を極めた。明治四十三年夏には、合祀推進派の参加した集会に乱入して、逮捕、拘留までされている。
今日では日本における自然保護運動の先駆として知られるこの運動を、熊楠はなぜ始めたのだろうか。熊楠はどのような感情につき動かされ、またどのような思想的な土台に支えられて、これだけの情熱と労力を費やすことになったのだろうか。客観的に歴史を追うだけではわからないこうした核心的な問題に対して、正面から真摯に向き合い、解答を導き出そうとしたのが本書である。
特に重要なのは、イギリスの粘菌研究者のG・リスターに宛てた手紙の中から、熊楠の運動の出発点を探り当てた部分だ。田辺近郊の糸田猿神社が合祀されて森林が伐採されたのを見て、熊楠は「私は落胆のあまりすっかり言葉を失いました」と書く。「樹齢何百年というあのトウグスを保存することも、まったく考慮されませんでした」(以上六五頁)という、取り返しの付かない損失に対する熊楠の嘆きは胸を打つ。神社合祀反対運動に関して発表された書籍や論文は多いが、熊楠の主観的な視点に寄り添っているという点で、本書は大きな成功を収めている。
こうした熊楠の心情が、英語による私信にのみ、記されているという発見は興味深い。おそらく熊楠にとって、地方紙への寄稿にしても、私信や日常の会話にしても、日本語での発信はすべて社会的な意味を持つものだった。一方で英語は、そうした関係性から解き放たれた場だったのではないだろうか。そして会ったこともない異国の女性共同研究者相手だからこそ、熊楠はすなおな気持ちを吐露できたのだろう。橋爪氏の論考は、これまでの神社合祀反対運動の研究においては見過ごされがちであった、熊楠の行動の裏にある心の動きへと目を向けさせてくれるものだ。
さらに本書では、この運動を支えた思想的な背景についても、さまざまな新しい見解が示されている。橋爪氏は、二〇〇四年に京都の高山寺で発見された土宜法龍宛の新出書簡をていねいに読み解いていく。そして、これらの書簡には、この宇宙の全体が大日如来から生成するという、熊楠の世界観が明確かつ体系的に語られていることを解き明かす。そうしたテクストの読解に基づいて、橋爪氏は、熊楠の自然観は、大日如来を根源とする宗教的な観点に支えられているとしている。
たしかに神社合祀反対運動の際の熊楠の行動の激しさは、自然科学者としての域を超えている感がある。日本の伝統文化や愛郷心を護るというような言い方もしているが、同じ問題について当時の人の考えていたこととは、かなり異なっていたようにも見える。熊楠の思想の根底に、真言密教やブラフマニズムを混合した独自の宗教的な自然観があったとする橋爪説は有力である。
そうした大きな構想を示し得た本書だけに、さらに一歩論を進めていただきたいと思う点もいくつかある。神社合祀反対運動に関する考察が初期の頃にとどまり、最も白熱していた一九一一年以降に射程が伸びていないことは残念だ。その代わりに入っている寺田寅彦との対比は、別の文脈で論じた方がよい問題だろう。またいわゆる「南方マンダラ」(橋爪氏は「条理図」と呼ぶ)が蜘蛛の巣からヒントを得たという説は、熊楠の記述とさまざまな点で矛盾しており、的外れなように筆者には感じられる。
しかし、全体として橋爪氏の本作が今後の南方熊楠研究に向けての、大きな方向性を示していることはまちがいない。熊楠や日本における自然観・自然保護に少しでも関心のある方にとって、必読の書である。(まつい・りゅうご=龍谷大学教授・比較文学・比較文化)
★はしづめ・ひろゆき=桐生大学短期大学部教授・環境思想・道徳教育。南方熊楠研究会の機関誌『熊楠研究』編集委員。著書に『南方熊楠と「事の学」』、論文に「大正時代における『耳塚』論争」「学校教育で推進されるべき自然共生系の理解」など。一九七〇年生。
書籍
| 書籍名 | 南方熊楠の神社合祀反対運動 |
| ISBN13 | 9784766430516 |
| ISBN10 | 4766430514 |
