2026/03/20号 8面

現代戦争論

小泉悠インタビュー『現代戦争論』刊行を機に
小泉悠インタビュー <我が事として戦争を見る> 『現代戦争論――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』(筑摩書房)刊行を機に  東京大学准教授の小泉悠氏が『現代戦争論――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』(筑摩書房)を上梓した。本書は、『現代ロシアの軍事戦略』『ウクライナ戦争』に続く三冊目であり、一般に公開された報道やデータからウクライナ侵攻を軍事分析することで、世界の姿まで見えてくる一冊である。刊行をきっかけに小泉氏にお話を伺った。(編集部)  ――本書では、五つの問いに、データを使った軍事分析により小泉さんが答えていくという内容です。その問いの一つ目は「どれだけの人が死んだのか?」という、シンプルですが、突き詰めるのが難しい事項でした。開戦から四年が経った今、死者数を可視化する意味を伺えますか。  小泉 可視化については、データビジュアライゼーションという手法を用いた研究をされている、東京大学・情報学環教授の渡邉英徳さんの影響を受けているところがあります。渡邉さんは、原爆投下の日の広島の風景をARで体験したり、テクノロジーの力を使って戦争に巻き込まれた当事者の視点に立つなどの試みを行っています。  宮崎駿から小泉悠まで、全ての軍事オタクが自己嫌悪として抱えているのは、人が死ぬ戦争というものを、ある種の興味から見てしまっていることだと思っています。航空機や戦車の性能に注目するときに、その爆撃で必ず人が死んでいるのだと。犠牲者たちをニュースの中に埋もれさせず、認識する必要があるとは、自戒も込めて考えることなのです。  ――本書では、ロシアによる占領の過酷さ、住民に対するロシア軍の組織的な暴力や、拷問、処刑による死についても触れられていました。降伏すれば、殺す・殺されることから逃れられるとは限らないのだと。  小泉 本書の刊行と同時期に、NHKのドキュメンタリー番組『臨界世界 戦慄の占領地 〝ロシア化〟の実態』が放映されましたよね。占領とはいかなることかを、凄まじい映像で伝えてくれています。あれを見れば、だからこそウクライナ人は抵抗を止めることができないとわかるでしょう。  この本では、日本が経験した占領は、人類史上最も穏当な部類に入るものだと書きましたが、それを、たとえば沖縄の人たちが読んだなら怒ると思います。でも沖縄の人たちがあれだけ怒りをぶつける米軍も、かつての満州のソ連軍の比ではない。ここは、脳内で知り合いの沖縄のナショナリストと論争しながらも書かねばと思いました。  ――米国防情報局の報告では、ロシアの地上部隊だけで一七万人以上の死者とも、英国BBCとロシアのネットメディア「メディアゾーナ」の調査によれば、戦死者が二八万人以上に及ぶとも書かれていました。海外メディアでは、ロシア国内の墓地の拡大の状況を衛星写真で確認することで、死亡者数をカウントしているとのことですが、日本のマスメディアではこうした調査はなされていないでしょうか。  小泉 されていませんね。特にロシアの戦死者などは、日本のメディアが徹底的に調査すればいいと思うのですが。北方領土は、法的立付け上は日本なのに、あそこから何人が戦場へ行き死んでいるのかも、日本のメディアは把握していません。  その中では、北海道新聞はサハリン州に支局がありますしわりと関心を持っています。元モスクワ支局長の渡辺玲男さんが、北方領土に関する連載コラムで、サハリンの死者数について取り上げたことがありました。そのとき彼が根拠にしたのも、私も引用した、同州のリマレンコ知事のテレグラム投稿でした。  ――小泉さんはご自身で衛星画像を見て墓の数をカウントしたり、リマレンコ知事の投稿をまとめたりしたわけですね。  小泉 リマレンコの投稿をひたすらスクロールして、戦死者の名前と階級と、分かる限り出身地を拾ってエクセルに打ち込んでいきましたが、腱鞘炎になりそうでした。そういう作業は、これからはAIにさせればいいと思うんですけどね。  ――戦死者の分析により、地方出身兵が多く死んでいるという格差や、豊かさにより戦死を免れ得るという相関関係がわかりました。また徴兵を行った二〇二二年秋に大規模デモが起こったことから、それ以降は高額報酬と引き換えの志願兵、受刑者に、戦死者が多いことも知りました。  小泉 殺人を犯して刑務所に入って以降、出所してからも碌な仕事がなかったような人が、出征してすぐに戦死して、葬式で町長が弔辞を読んだり、花火が上がったりする話を書きました。命と引き換えの一発逆転で「英雄」になるというわけです。一方で、モスクワなど都心に住む中産階級は、徴兵を回避することもできる。たとえば、医者に偽の診断書を書いてもらえばいいんです。以前は、父親の月収分と言われていましたが、最近は年収分だそうです。  大日本帝国の赤紙と違って、ロシアの召集令状は本人がサインしないと発効しません。だから動員がかかっている期間、軍事委員会が令状を渡しに来る本籍地から離れて、セカンドハウスや知人の家を渡り歩き、春秋の徴兵期間二ヶ月ほどをやり過ごせばいい。  ところがセカンドハウスがなかったり、人的コネクションがなく孤立していたり、あるいはブルーカラーの、現場に赴かねば仕事にならない人たちは、同じことができない。社会的な資源を持たず孤立した人たちから、戦争で真っ先に死んでいくということです。ロシア国内の格差が、戦死者のデータを分析することにより、露見した感がありました。  ――ロシア政府は、国民に対し、弾圧とプロパガンダという強圧策と同時に、「ソフトな政治運営術」を取っているとのことでした。都市部の人々には戦争を「テレビの向こう側の出来事」に留め、無関心のままでいさせる。二〇二二年の動員令への国民の反発を教訓に、現在は高額な給与や死後の補償金で「契約軍人」を集める作戦を取っていると。  小泉 ただ本にも書きましたが、年間三五万~四〇万人もの人間を契約軍人として集め続け、膨大な報酬を支払い続けるのには、いずれ限界が来るでしょう。開戦後、ロシアの軍事費はうなぎ上りに増額を続け、現在は平常時の四倍になっています。しかし、二〇二六年度からはいよいよ頭打ちになってきましたから、やはり財政的には楽ではない。  一方、ロシアでは最近、召集令状が電子化されました。ロシアにはゴスウスルギという国家ポータルがあるのですが、ここに召集令状が来てしまうので回避出来ないのです。今のところは軍隊に訓練を受けに行くという徴兵ですが、次に政府が兵士を動員するとなれば、誰も逃れることができなくなります。  ――二つ目の問いは「なぜ終わらないのか?」でした。本書を拝読して、「戦争の最初期段階」の破壊戦略がいかに重要かを知りましたし、それがうまくいかなかったため長期に及ぶ消耗戦を招いたというロジックに納得しました。ロシアが短期的にウクライナを進攻しようとしてうまくいかなかったのは、ウクライナの兵力・戦力だけでなく、軍隊の士気や国内情勢など「政治戦線」について見誤っていたということでしょうか。  小泉 そうだと思います。ただここは実証が難しいところで、実際のロシア軍の戦略等は、戦争が終結して十年、二十年経っても出てこないでしょう。アメリカでは作成後三〇年が経過した外交文書の、原則的な情報公開が法的に規定されているため、九〇年代のことが今ようやく明るみに出てきていますが、それでも機密は残ります。ましてロシアの情報公開度は非常に低いので、よほど大きな政治的変動が起こらなければ、プーチンが世を去った後も、何を考えてこの戦争を始めたのか、どう進むと思っていたのかはわからないままだろうと思います。  しかし開戦初期の展開を見れば、短期的にゼレンスキー政権を崩壊させられると見込んでいたことは明らかです。その誤算の内には、腰抜けだと思っていたゼレンスキーが、ものすごく粘ったこともありますし、あれだけバラバラだったウクライナ社会が意外に結束したこともある。プーチンの認識はソ連崩壊後から代り映えしないまま、ウクライナの実情が変化していたのだと思うんです。  それを変えたのが、二〇一四年のプーチンの攻撃であり、それを経験していたからこそ、二〇一六年以降ウクライナ軍の改革が進んだ。二〇一四年の侵攻なしに二〇二二年のキーウ攻めがあったなら、ウクライナはおそらく成す術がなかった。  ――とはいえウクライナは経済的に脆弱で、兵器や弾薬生産能力も、ロシアなしの単独では高くない。ロシアの進攻に対するには外国からの軍事援助が必須だった。  印象的だったのは、ウクライナが短期間の内に降伏を余儀なくされていれば、欧米の軍事援助は行われず、ロシアによる占領が事実上追認されていた可能性が高かっただろうという話です。  小泉 西側の国々は当初ウクライナを見捨てるつもりでした。ウクライナはさっさとロシアに降伏して、死傷者をなるべく少なく戦争を終結させ、自分たちはロシアの安いガスを買える状況に戻りたい、そう考えていたんです。でもウクライナが一撃で倒されない限りは、行きがかり上、支援せざるを得ない。  現在、ドイツでは電気料金が高騰し、経済的な打撃を受けながら、歯を食いしばって耐えています。昨年ハンガリーでオルバン首相の補佐官や国立シンクタンクの人に会ったのですが、ロシアの安いガスなくして欧州経済は成り立たない、ウクライナとは心中できない、それがリアリティだと言っていました。それでもウクライナは四年間にわたってロシアの侵略に耐え続け、「ウクライナを見捨てるわけにはいかない」という状況を自ら作り出しているわけです。  これは我々にとって非常に重要な教訓です。少なくとも最初の一撃に対し、自分たちの力のみで耐えられなければ、誰も助けてくれないということです。  ――もう一つ衝撃だったのは、ウクライナは短期間で敗北しないだけでなく、攻勢によりロシア軍を刺激して、核兵器使用へとエスカレーションさせないことを、常に西側諸国に証し続けねばならなかったと。  小泉 ウクライナを勝たせてロシアの侵略を阻止するなら、戦車なり航空機なり、長距離ミサイルなり、制限を設けず軍事援助すればいいわけですが、他方ではロシアの核使用の危険性を最小限に抑えなければならない。西側諸国はその相反する目的の間を取ろうとしているから、戦争は終わらない。  ただ、ロシアを撃退することはできていないけれど、短期的にウクライナが負けることを回避した点では、様々な制約がありながらも、各国の軍事援助には意味があったと思っています。  二〇二二年の秋、ウクライナによるハルキウ・ヘルソン奪還作戦に、ロシアが数十発の戦術核弾頭を集中使用する可能性が高まったという、米国政府の見解が報じられました。それを聞いて、バイデン政権があれほどウクライナへの支援を抑制していた理由がわかりました。黒海上空で脅しのために核兵器を一発使うというのでなく、ウクライナ国内で核兵器が戦闘利用されるとなれば、アメリカは支援を引き上げて、ロシアとの停戦を求めざるを得なかったでしょう。  ウクライナが勝ち始めて、ロシアを刺激するのはまずい。かといって、ロシアが戦術核弾頭の使用に及ぶ前からウクライナを見捨てるわけにはいかない。アメリカはアメリカで、苦悩しながらの支援だったと思います。  ――ウクライナは今のところロシアに核兵器という切り札を切らせずにいますが、この状況は、「核抑止」ではなく、「核の脅しで侵略を許す」現象だと感じます。  小泉 一昨年、広島知事だった湯﨑英彦さんが、広島原爆忌の挨拶でまさに、核抑止は幻だから、核はなくさなくてはならないと話されました。この湯﨑知事の話には、半分賛成で半分異論があります。  安定・不安定パラドックスと呼ばれるのは、核兵器を保有する大国間では核抑止により戦争が避けられるけれど、非保有国への侵攻は誘発しやすくなる、という矛盾する現象です。つまり、核抑止が指し示すのは、あらゆる戦争の抑止ではありません。核兵器が抑止するのは大国間戦争だけです。だから核抑止には大きな限界があるという点には同意なのですが、それはもともと核抑止という仕組みに内包されていたものであり、大国の目からは限界だとも欠陥だとも見られていないのだと思います。  このことは、日本のような非核国にとって非常に重要な問題です。ロシアが大量の核兵器を保持し、中国がものすごい勢いで核戦力を増強する中、ウクライナと同じことが日本に、韓国に、台湾に起こらないとは限りません。北朝鮮も、この二〇年間である程度まともな核兵器を作るようになってきています。アメリカ曰く「信頼のおける報復能力はまだ持っていない」という段階ではありますが。  そう考えると、安定・不安定パラドックスは、ウクライナではなく我々自身の問題です。  ウクライナ一国のために第三次世界大戦を起こすわけにはいかない。ウクライナに降伏を強要することこそ、世界秩序を守るためのリアリズムだ、という主張もあります。その考えは、アメリカや中国などの大国から見たときにはリアリズムでしょう。しかし果たして我々にとってのリアリズムなのか。日本のために第三次世界大戦を起こすわけにはいかない。日本を中国の軍門に降らせろ、と言われたときに、私たちはそれを受け入れられるのか。世界のリアリズムは複数あると、この戦争を通じて思うようになりました。  ――これまで、日本は「非武装(あるいは抑制的な防衛力)であったからこそ平和が守られてきた」という感覚がぬぐえなかったのですが、本書が描く「最初期の防衛に失敗すれば占領が追認される」「自ら戦わなければ支援すら届かない」という現実に、日本の安全保障への不安を強く感じるようになりました。  小泉 私は、古典的な日本型リベラル一族の中から生まれた、突然変異の軍事オタクです(笑)。そのため日本型平和主義は身近なものでした。  日本型平和主義が想定している「平和」とは、日本が侵略戦争をしないという話です。先日の選挙でも「#ママ、戦争止めてくるわ」がSNSで話題になりましたが、ここで想定されているのも侵略戦争です。  おっしゃる通り、侵略戦争はしてはダメですよね。この点は今後とも日本の安全保障政策の大前提でなければならない。ただ日本でこれまできちんと論じられてこなかったのは、外から攻めて来られたときにどうするのかということです。  実のところ冷戦時代までは、日本に攻めて来られるような国は、アメリカとソ連しかなかった。アメリカは同盟国だったし、ソ連にとっての最前線は欧州であり中国だったから、日本に攻め込む可能性は高くなかった。  その状況はもはや変わっています。国家とは根本的に、暴力性を持つものです。ロシアに限らず、アメリカもイスラエルも、かつての日本もそうでした。規模が小さい国家でも、国力を持てばいつなんどき暴力を振るい始めるかわからない。  日本は平和憲法で守られている国だから、攻め込まれないだろうなどという言い分は、さすがにご都合主義が過ぎます。ベルギーのように、軍事戦略上ただそこを通りたいというだけで、第一次大戦でも第二次大戦でも、中立を踏みにじられドイツ軍に攻め込まれた国もあります。「ベルギーは道ではない、国だ」という有名なジョークがあるぐらいです。  日本の外交安全保障のドクトリンとして、自分たちが攻めないという抑制と同時に、外国に攻めさせないことを掲げなければならないと思います。  ただ、はじめは守備のための軍事力だったのが、いつしか、軍事が国家の上位に立つという倒錯が起こることがあります。「総力戦思想」とは、まさにそうしたものでした。一九四〇年代の日本における高度国防国家論では、経済の範疇で国防をするのではなく、国防に経済を合わせるという本末転倒が起こりました。ソ連も、軍事費の増大による経済破綻で崩壊しています。そこは容易に転倒するので重々注意すべきです。  具体的には、軍事力を我々の安全保障の担保とすることを認めた上で、どんな軍事力を持つのか、保守とリベラルが話し合うべきだと考えます。現状では、軍事については、保守の人びとの、さらに狭いサークル内でしか話題にされません。日本では保守の軍事論から一足飛びに、非武装中立ならば誰も攻めてこないという非現実な話になってしまう。比較的小さな軍事力で日本の安全を守り抜く、テクニカルな国防論を、日本のリベラルから聞きたい。もっと幅広いスペクトラムの中で、日本の国防オプションが考えられていいと思います。  ――この戦争は二国間の衝突ではなく、極めて複雑な「多極化する世界」の縮図であると気づかされました。中でもインドは、ロシアから武器や原油を買っていても、中国への対抗軸として、米国の制裁(CAATSA)さえ回避している。同時にウクライナに弾薬を売っていたりもする。こうした「好意ではなく国益」を基準とする第三勢力の存在が、結果として対露制裁の効果を相殺しているようにも見えます。それでもウクライナを援助してロシアを制裁することは、日本の安全保障のために必要でしょうか。  小泉 節操のないインドの振る舞いは賢くて、日本はお人よしに過ぎるといった意見を、講演会の質問などでもよく聞きます。インドは非同盟中立を国是としているので、節操なくあらゆる国と付き合い、あらゆる国と距離を置くことが国体なんです。日本はそうではない。それにインドのように世界の秩序が混乱しても、自国の力のみで生き抜きますとは言えないでしょう。世界の秩序がある程度保たれ、平和に通商ができるのでなければ、日本に生き伸びる道はない。ロシアのウクライナ侵略や、イスラエルのガザへの攻撃を認めれば、日本が繁栄する道を自ら閉ざすことになる。税金の中からウクライナ支援をしたり、対ロシア制裁をすることは、我が国の国益に沿っています。  日本は新たに、NATOを通じたウクライナ軍事援助のパートナー国に加わり、殺傷能力がない装備に対する資金拠出を行うそうですが、その方針には賛成です。  ――大きな変数として、トランプ政権の誕生があったと感じます。米国第一主義を掲げ、ウクライナ支援への消極的な姿勢を見せる。カナダやグリーンランドの併合を示唆し、ベネズエラに、イランに軍事作戦を行う様子が、どこかロシアに重なるように思います。  小泉 世界を大国で分け合って、お互いのシマは不可侵ということにすれば丸く収まるではないかと、プーチンはそれを「多極世界」と名づけましたが、これはつまりヤクザの秩序です。この意味で、勢力圏的発想を掲げるトランプ政権の存在は、プーチンにとって望ましいものだと思います。  しかしアメリカが南北アメリカ大陸をシマとして、それ以外に手を出しませんとなった途端、日本、韓国、台湾は梯子を外されるわけです。我々は中国が牛耳る東アジアに生きていくということでいいですか、という話です。それに抗うには、あらゆる外交、経済手段によって、アメリカをアジアコミットメントへ引き込むべきですし、軍事面では一撃で倒されないだけの防衛力を持つことが必須です。  私は一昨年の秋から、一般社団法人DEEP DIVEという、非営利の民間インテリジェンス組織を作り、衛星画像分析などを行っています。中国や北朝鮮や極東ロシアなどが何かを起こそうというときには、その兆候を捉え、民間人避難勧告を出すことができるようにと。まだ発展途上ではありますが、これも我々が第一撃で倒されないための守備の一つです。  ウクライナ戦争が始まるまで、私は観察者でした。ところがこの戦争を四年間見ているうちに、我が事と感じるようになりました。ウクライナの状況は、そのまま日本に置き換えて考えるべきだと。本書では一章を使って日本の安全保障がどうあるべきか検討しましたが、これは私の本で初めてのことです。私自身の軍事や戦争に対するスタンスが変わったと感じています。 (おわり)

書籍

書籍名 現代戦争論
ISBN13 9784480077325
ISBN10 4480077324