2026/08/07号 6面

「読書人を全部読む!」41(山本貴光)

読書人を全部読む! 山本貴光 第41回 1959年の文壇と論壇  そろそろ1959年をあとにしよう。そこで年末の二つの号を見てみたい。12月14日の304号と12月21日の305号で1959年の文壇と論壇の振り返りが行われている。  文壇のほうは平野謙(1907―1978/52/文芸評論家)と小田切秀雄(1916―2000/43/法政大学教授・日本文学専攻)、論壇のほうは篠原一(1925―2015/34/東京大学助教授・政治学専攻)と寺沢一(1925―2003/34/東京大学助教授・国際法専攻)の対談という構成。また、それ以外にも「一九五九年展望 動向収穫」として、科学、教育、理科、児童文学、社会科(以上304号)、政治、経済、法律、歴史、日本文学、外国文学、国語、哲学・思想、社会、労働、芸術(同じく305号)の各方面についての総括が載っている。加えて「今年活躍した人」として、松下圭一、曾野綾子、江藤淳にスポットライトが当てられている。  内容そのものではないのだが、この頃の「読書人」では著者らの顔写真が載ることも多い。この二つの号もそれぞれの分野で名前の挙がっている人びとの顔写真がずらりと並んでいるのが目に留まる。多い面では20名ほどの顔が出ていて、紙面がなんとはなしに賑やかだ。いまのように写真をデジタル画像で比較的手軽に扱える時代ではなかっただけに、よくこれだけこまめに顔写真を集めたものだと妙なところに感心したりもする。  それはさておき、文壇と論壇の記事である。両者を読んでみて気がつくことがあった。文壇に関する対談は、ハイコンテクストと言おうか、平野と小田切がなにを話しているのか、いまひとつ見えてこない部分が少なくない。というのは、一つには私の知識が不足してのことだと思われる。もちろん話者にしても、同時代の日本文学の動向に関心のある当時の読者に向けて話しているのだからそれでよいわけだ。総じて両者が日本の文学全体が停滞していると感じていること、その年はよい新人が出なかったことなど、具体的な作家や作品も挙げられてはいるものの、積極的に論じたい材料が乏しかった様子が垣間見えた。この対談に限らず戦前戦後あたりの座談会などを読んでいると、後の目には話がふんわりしていてよく分からないと感じることがある(それはそれで嫌いではない)。  それに対して論壇についての対談は、「そういう1年だったのか」と、明確な地図を手渡されるような読後感だった。それが政治や社会の動向というテーマの性質によるのか、論者によるものなのかは分からない。いずれにしても、その年に論壇でなにが議論されたのかという大きな潮流と具体的な議論が手際よく整理されていると感じる。というのは、安保改定を巡る議論や砂川判決、松川事件などの裁判をめぐる批判、皇太子御成婚をきっかけとした天皇制論について、それぞれの出来事が生じた時期やプレイヤーと対立の構図、そうした諸問題を論じた著者と論文と掲載誌などを具体的に論じているためだと思われる。  「1959年のベストセラー」という記事にいくつかの取次や書店のベストテンが出ており、安本末子『にあんちゃん』(光文社)や清水幾太郎『論文の書き方』(岩波書店)、『日本文学全集』(新潮社)などが目に入る。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)