足利義政
木下 昌規著
川口 成人
室町幕府第八代将軍足利義政は、「銀閣」に象徴される、いわゆる「東山文化」の象徴的な人物として知られている。幕府を二分した応仁・文明の乱の後、東山山荘に籠り、文化に傾倒したイメージは、いまだ根強いのではないかと思う。しかし、近年、室町幕府・足利将軍への関心が高まるなかで、義政の時期についても、文化だけでなく政治・経済・外交など、様々な面を扱った研究が多く出されている。本書は、先に重要論文を集成した『足利義政』(戎光祥出版、二〇二四年)を編んだ著者による、義政の評伝である。誕生後、父義教の暗殺、兄義勝の早世を受け家督を継承してから、五十六歳で没するまでの生涯を描いている。
義政の時期は、京都の公家や奈良の僧侶が残した日記をはじめ、多くの史料が残されている。発給文書や、和歌・連歌といった文芸作品も数多い。それゆえ、義政の活動や動向は詳細に知ることができる。しかし、そのことは叙述の容易さを意味しない。当然、義政個人を追えばよいわけではなく、天皇・公家・僧侶・大名・将軍側近など、関係する登場人物は無数に増えていく。様々な分野でそれぞれに研究蓄積があり、取り上げるべき事象もまた膨大である。限られた紙幅のなかで、何を取り上げ、何を取り上げないか、そこに著者の関心や力量があらわれる。
そのなかで本書は、文化面が評価されてきた状況に鑑み、「特に大名との関係や政治体制、義政の先例意識、義視や義尚との関係などについて注目」している(あとがきより)。大名との関係ひとつをとっても、義政と特定の大名の二者で完結するわけではもちろんない。各章で触れられるように、畠山氏や斯波氏をはじめ、多くの大名家が家督問題で動揺する。これに将軍家や他の大名家の思惑が絡まり、幕府内部の混迷は深まっていく。そうした複雑な関係を整理し、全体を俯瞰しながら政治過程を叙述するのは、非常に難しい。本書では、新たに紹介・刊行された史料や、応仁・文明の乱に関する最新の研究成果を多く参照しながら、めまぐるしく変化する政局の諸段階を丁寧に論じている。著者は、戦国時代の室町幕府・足利将軍研究で知られ、手堅い政治過程の叙述に定評がある。その力量が、室町時代を扱う本書においても、遺憾なく発揮されているといえよう。
また、畿内に先んじて内乱状態となった、関東の情勢に関する言及も注目される。たとえば、伝統的に幕府の関東政策を担ってきた細川氏の位置を踏まえて、義政と細川勝元との連携を指摘する。この点をはじめ、近年進展した東国史研究の成果が取り入れられており、高く評価される。義政の物理的な行動範囲は京都周辺である。だが、列島各地の諸勢力との関係を抜きにして、義政の動向、ひいては室町時代政治史を論じることはできないのだ。
さらに、幕府の政務決裁、管領・政所をはじめとする役職・諸機構、奉公衆・奉行衆・女房衆といった直臣団についての充実した記述もある。各章で、管領による政務代行、それを脱却した親政の確立、東山殿義政と室町殿義尚の権力二元化などといった、諸段階における幕府体制の変遷がわかりやすくまとめられている。関連して、義政周辺の公家や女性に関する考察も見逃せない。従来、義政の生母日野重子・正室富子、富子兄勝光の幕政関与が注目されてきた。それに加えて、近衛房通が義政の「御親」となったことや、父義教の「嫡妻」正親町三条尹子の服喪をめぐる対応を取り上げ、義政周辺の公家や女性に新たな論点を提示している。著者は、幕府の制度や朝廷、女性史に関する研究も多く手掛けている。本書には、その深い知見が随所で惜しみなく盛り込まれていることも指摘しておきたい。
本書は政治史を中心に、義政の生涯を描き切った。次なる課題は、政治史と文化史を架橋した義政像を構築することだろう。たとえば本書では取り上げられていないが、応仁・文明の乱終結をめぐる義政と大内氏の和平交渉は、大内氏の接収した遣明船荷物(唐荷)の返還交渉と絡んで進められていたことが明らかになっている。国内政治史の一大事件である応仁・文明の乱も、遣明船という対外関係史や義政の唐物愛好という文化史を視野に入れて論じる必要があるだろう。とはいえ、それは本書という確かな成果を得た、評者ら後進の課題でもある。(かわぐち・なると=立命館大学文学部授業担当講師・日本中世史)
★きのした・まさき=大正大学准教授・日本中世史。著書に『足利義輝と三好一族』など。
書籍
書籍名 | 足利義政 |
ISBN13 | 9784864035057 |
ISBN10 | 4864035059 |