2025/11/28号 3面

考察 ウイグル

考察 ウイグル 柴田 哲雄著 松本 ますみ  2017年頃から外電を中心に不穏な報道が入ってきた。新疆ウイグル自治区で夥しい数のウイグル人やカザフ人が強制収容所に送り込まれているという。奇跡的に収容所から生還した人の身の毛もよだつ証言も出はじめた。収容所に送致された人の数100万ともいう途方もない数字に、国際社会は驚愕した。当初中国政府は事実を認めず、証言者を噓つきとし、本人や支援者を陰湿な方法で監視、威嚇した。国際社会からの批判や国連が動いてやっと「あれは、強制収容所でなく職業技能教育訓練センターであり、みな自発的に入所した」と主張した。2019年にはその「センター」も閉鎖され、みな通常生活に戻った、と当局はいう。しかし、新疆で取材した最新刊の西谷格『1984+40』によれば、そこで亡くなった人、「退所後」も精神病に悩まされている人、まだ収監中の人もいる。収容所を「センター」と言い換えても言及は現地で憚られ、高度のテクノロジーによる監視と警察権力の介入、密告制度が人々を怯えさせている。  21世紀の新疆で何が起こり、何が進行形なのか、1000万人近い人口のウイグル人を極度の監視下に置き、人口管理をし、存在の根幹をなす言語や宗教まで抹殺しようとする中国共産党政権の論理とは何なのか? この疑問に鋭く切り込んだのが本書である。  著者は汪精衛政権研究者として知られた人であるが、歴史的事象を客観的に叙述するために、次の四点を重視してきた。第一に当事者の視点、第二に敵対者の視点、第三に第三者の視点、第四に現代/過去からの視点である。これらの方法論は、今回のウイグル研究でもいかんなく発揮されている。  当局のウイグル人大量拘束の理由として、リークされた「カラカシュ・リスト」では、おもに次の4点が挙げられる。「計画出産政策違反」、「信頼性がない」、「宗教への関与」、そして「外国勢力との関係」である。テロや宗教過激主義の「蔓延」を危惧し、宗教的な身なりや態度だけで危険性があるとする。イスラーム諸国を訪れただけで「信頼性がない」とか「外国勢力との関係」を疑われ、拘束された人もいる。  それだけではない。「センター」ではウイグル人に漢語を習得させ、沿海部から移転した工場に労働者として供給した。「センター」への入所や労働が「自発的」か「強制的」であるかは、中国官製メディアと西側メディアの観点が異なる。ただ、当事者(中国当局)、敵対者(ウイグル人)の言い分が違うのであれば、その矛盾点を第三者と、過去からの視点、特にかつて存在した労働教養所と「センター」の共通点と差異点から探って真実を求める、というのは歴史家ならではの方法論である。  当事者の意思に反する拘束、劣悪条件下での拘留、拷問ある取り調べ、「教育訓練」、労働集約的工場への「就職」はもとより、ウイグル語教育の停止、宗教施設の破壊、強制避妊、緘口令など、これら当局の行為は「文化的ジェノサイド」だけではなく、「ジェノサイド」でないか、という示唆を著者はする。ウイグル人は漢人に同化を強制されている。一つのエスニシティを強制的に消すということの将来へのつけはとてつもなく大きい。  思えば毛沢東が死去し、鄧小平の時代に初めて文化大革命の真実が明らかになった。狂気に駆られた時代の残虐な暴力を思い出し、加害者たちは自責の念で頭を抱えた。しかしやがて文化大革命の真実は組織的に闇に葬られた。暴力は権力者からの命令であり、権力者は自分たちの残虐さを即座に隠蔽にかかるからだ。それは、中国だけでなく、日本の南京大虐殺、徴用工などみな当てはまる。だからこそ、残虐事件が起きた時、間髪をいれず資料を出来るだけ多く収集し、検証に資するべきという著者の指摘は重い。著者は歴史学者であると同時に、現代の事象のアーキビストであり、勇気をもって中国当局を批判し、国際基準の人権擁護の提唱者となっている。  新疆ウイグル問題とは中国問題である。この点で、本書は中国を論じる上で今後必ず参照されなければならない書となるであろう。(まつもと・ますみ=室蘭工業大学名誉教授・中国近現代政治)  ★しばた・てつお=愛知学院大学准教授・中国近現代史・現代中国政治。著書に『協力・抵抗・沈黙』『諜報・謀略の中国現代史』など。一九六九年生。

書籍

書籍名 考察 ウイグル
ISBN13 9784788720541
ISBN10 478872054X