2026/06/19号 8面

第七九回カンヌ国際映画祭レポート(槻舘南菜子)

第七九回カンヌ国際映画祭レポート 槻舘 南菜子  今年第七九回を迎える「カンヌ国際映画祭」が五月一二日から二三日まで、 フランス・カンヌで開催された。ヴェネチア国際映画祭などで選考委員を務める槻舘南菜子さんに、レポートを寄稿してもらった。(編集部)  第七九回カンヌ国際映画祭が五月一二日から二三日まで開催された。今年度は、日本がカンヌのフィルムマーケットにおける「カントリー・オブ・オナー」であり、公式コンペティション部門(是枝裕和『箱の中の羊』、濱口竜介『急に具合が悪くなる』、深田晃司『ナギダイアリー』)、ある視点部門(岨手由貴子『すべて真夜中の恋人たち』)、カンヌプレミア部門(黒沢清『黒牢城』)、併行部門である監督週間部門(門脇康平『我々は宇宙人』、矢野ほなみ『エリ』)に七本の作品がノミネートされた。上映作品以外でも、撮影監督に与えられるピエール・アンジェニュー・トリビュート賞を芦澤明子氏が受賞するなど、日本に注目が向けられた年ではあった。  コンペティション部門に、二五年ぶりに三本の日本映画が選出されたことが国内でも話題になっていた。だが、二〇〇一年は、今村昌平『赤い橋の下のぬるい水』、青山真治『月の砂漠』、是枝裕和『DISTANCE』と共に、ジャン=リュック・ゴダール『愛の世紀』を筆頭に、マノエル・ド・オリヴェイラ『家路』、ジャック・リヴェット『恋ごころ』、アレクサンドル・ソクーロフ『牡牛座 レーニンの肖像』と、すでに当時から映画史に其の名を刻んでいた映画作家が並んでいたことを忘れてはならない。今年の選出作品は、すでにカンヌ受賞経験を持つ〈お墨付き〉の映画作家、あるいは、初のコンペ入りを果たす仏を中心とした多数の若手作家が中心となっていた。スペイン映画においては、歴史上初、コンペティション部門に日本映画と同数の3本の作品が選出された。カンヌの常連であり、すでに本国では劇場公開済のペドロ・アルモドバル『Bitter Chrismas』、コンペティション部門に初参加となる商業色の強い、ロドリコ・ソロゴイェン『The Beloved』とハビエル・アンブロシ&ハビエル・カルヴォ『The Black Ball』の異なる三世代の監督が並んだ。  ラインナップ全体を見渡すと、仏製作が介入していない作品は二二本中四本、ペドロ・アルモドバル『Bitter Chrismas』、ナ・ホンジン『Hope』、是枝裕和『箱の中の羊』、ジェームズ・グレイ『Peper Tiger』のみであり、製作資本のラインナップへの強い影響が分かる。今年のコンペ部門は、我々の生きる現在を象徴するかのように、戦時下を舞台とする作品が多く見受けられたのも特徴と言える。ハンガリー出身のラズロ・ネメズ『Moulin』は、第二次大戦中のレジスタンスの英雄ジャン・ムーランの不屈の姿を映画化し、エマニュエル・マール監督『A Man On His Time (Notre Salut)』は、ヴィシー政権下で公務員として働いた曾祖父をモデルとし、市井の人々が戦時下で希望を失っていく姿を描く。さらに、ルーカス・ドンの『Coward』もまた、第一次世界大戦を舞台に据えた。  パルムドールを受賞したルーマニアのクリスチャン・ムンジウ『Fjord』は、旧来の宗教的伝統と現代の福祉制度間の齟齬を、乾いた正確な演出で描き、その暴力性、正しさの是非を我々に突きつける。グランプリを受賞したロシアのアンドレイ・ズビャギンツェ『MINOTAURE』は、クロード・シャブロル『不貞の女』(一九六八)のリメイクであり、不倫劇にロシアのウクライナ侵攻を重ねるのだが、演出のダイナミズムとともに、この作品における「戦争」はその末路における装飾のようにしか見えないのが大きな問題ではあるだろう。審査員特別賞、ドイツの女性監督ヴァレスカ・グリーゼバッハ『DAS GETRAUMTE ABENTEUER』は、前作『Western』に引き続きブルガリアを舞台にしている。国境に近い小さな街スヴィレングラーを巡るポスト共産主義の厳しい現実を、主人公の考古学者を通して劇化せずに淡々と見せていく。彼女が踏みしめる大地にはヨーロッパの腐敗が漂っているのだ。そして監督賞は、ポーランド出身のパヴェウ・パヴリコフスキ『Fatherland』とスペインの若手デュオ、ハビエル・アンブロシ&ハビエル・カルヴォ『The Black Ball』の二作が分つこととなった。前者は、大戦終結直後の一九四九年を舞台として、トーマス・マンが、米国からのドイツへの帰還後に、娘エリカとともに東西に分断された母国を横断する姿を、モノクロの静謐な画面で追う。同監督の『イーダ』(二〇一三)、『COLD WAR あの歌、2つの心』(二〇一八)と連なる強い作家性と歴史への思慮が窺える。一方で後者は、戦前、戦中、現代、三つの時代のスペインを舞台に性的マイノリティーである三人の登場人物が交錯していくのだが、そこに見出せるのは歴史への無思考であり、TV、エンターテイメント界という監督の出自が醜悪なほどに反映された、演出面では対極にある作品であった。日本映画の唯一の受賞は、濱口竜介『急に具合が悪くなる』における、岡本多緒とヴィルジニー・エフィラの最優秀女優賞となった。このダブル受賞は、ルーカス・ドン『Coward』における最優秀男優賞をエマニュエル・マキアとヴァランタン・カンパーニが受賞したのと呼応しており、シンボリックな選択、そしてアジア映画への最低限の目配せのように見える。    *  コンペティション部門のラインナップを見渡すと明瞭だが、日本映画の〈ご都合主義〉であり〈偽善〉がこれほどまでに明瞭になった年はなかったであろう。是枝裕和『箱の中の羊』は、息子を亡くした喪失感を瓜二つのヒューマノイドで埋めようとする夫婦を描いた近未来SFだ。夫婦はヒューマノイドを介して息子への贖罪の念に駆られるものの、その葛藤も苦悩も物語における「設定」に止まっており、さまざまな矛盾が放置されたまま、物語は日和見主義的に回収されていく。また、深田晃司『ナギダイアリー』は、架空の小さな街「ナギ」を舞台に、彫刻家の女性と彼女の弟の元妻である建築家の女性との交流を描く。ふとテレビ画面に写るウクライナ戦争のニュースや近隣の軍事基地から聞こえる砲撃訓練の音は、世界のアクチュアリティーへの軽妙な身振りに止まり、物語には決して奉仕しない。クイア的な要素もまた同様だ。エキゾチック極まりない美しい自然の中で、物語は何の破綻も迎えることなくそつなく終わりを迎えるのだ。そして、濱口竜介『急に具合が悪くなる』は、癌を患った哲学者の宮野真生子と人類学者の磯野真穂による同名の往復書簡の脚色だ。岡本演じるステージⅣの癌を患う舞台演出家と、エフィラ演じるパリ郊外の介護施設で働く女性の出会いと交流がその主軸をなす物語であり、一方が癌患者である以外は濱口による創作と言える作品だろう。この二人の出会いを生起させるのは、黒崎煌代演じる自閉症の青年だ。彼は、作中舞台劇(精神病院廃止・脱施設化で知られる精神科医フランコ・バザーリアを題材に自由な考察を盛り込んだ)の中でも突発性の象徴として、演劇的な機能の一部も担う。作品全体を通して、鍵となるのは彼の突発性であり、偶然性なのだ。このように、物語の原動力として眼に見える障害を利用する濱口映画のあり方は今に始まったことではない。『ドライブマイカー』では聾啞者が物語の一役を担い、偽善極まりないタイトルとしか言えない『悪は存在しない』でも、軽度自閉症の登場人物が主人公であった。そのような登場人物を介してしか物語を紡ぐことが不可能なのだろうか? 原作にあるような躊躇、迷いはなく、病の持つ生々しさは忘却され、二人の登場人物の関係性には波紋も影もない。フランスと日本、二つの文化の行き来と浸透性は軽やかに達成され、奇妙な友情は美しい日本の自然の中で結ばれる。そして、場所と集団を通じて、死は穏やかに受け入れられていく。そこには不気味なほどに幸福な時間しかない。言葉は、道徳的な正しさ、理想的な関係、人間関係を浄化する善としてのみ機能している。それが本当に私たちの生きている世界なのだろうか?    *  公式部門、第二のコンペティションに当たる「ある視点」部門は近年、若手監督や国際的に認知度が高いとは言えない映画監督の作品をプログラムの中心に据えている。今年に至っては一九本中一一本と女性監督が半数を占めた。グランプリを受賞したオーストリア出身の女性監督サンドラ・ヴォルナーによる『Everytime』は、三人の登場人物の視点を通じて、身近な人を失うこと、そして二度と戻らない時間をどう生きていくかを描いている。過剰なドラマ性に陥ることなく、登場人物の間に生まれる感情が極めて丁寧に演出されている秀作と言えるだろう。また、同部門で受賞は逃したが、南米の女性監督二本も注目に値する。女優としても活躍するチリ出身のマヌエラ・マルテッリ『The Meltdown』は、カンヌ監督週間部門にノミネートした初長編『1976』(二〇二二)に続き、ピノチェト独裁政権の記憶を辿っていく。前作の直接的な政治的言及に対し、政権破綻後の一九九二年を舞台にし、娘の失踪を巡る暗い歴史の影を純白の雪山とのコントラストで見せていく手腕が際立っていた。そして、コスタリカ出身、ヴァレンティナ・モレル『Forever Your Maternal Animal』は、驚くべき初長編『I Have Electrical Dreams』と同じ父娘をキャスティングし、前作の父性から新作では母性に向かう連作となっている。感傷に浸ることない物語、俳優への確かな演出は、彼女の更なる躍進を期待させる。  併行部門である「批評家週間」においても女性監督の作品が圧倒的に力を持った年となった。グランプリを受賞した仏マリーヌ・アトラン監督『Le Gradiva』は初長編とは思えぬ成熟した〈ビルドゥングス・ロマン〉に仕上がっていた。仏高校生のグループが教師とともにポンペイを訪れ、遺跡の永遠と一時の若さの衝突による目眩が、彼らを避けられない喪失へと最終的に向かわせる。アトランは、撮影監督としてのキャリアがあり、現在仏若手監督界の新星と言われるが、ドキュメンタリータッチの映像のリアリズムからフィクションへ徐々に移行していく様は見事としか言いようがない。作品選定のクオリティーが著しく低かった今年度において、最も大きな発見となった作品であった。(つきだて・ななこ=映画史家・キュレーター)