2026/10/02号 8面

転売ヤーの会計学

生島和樹・杉谷和哉トークイベント「転売ヤーたちの不都合な真実」@読書人隣り抄録
生島和樹×杉谷和哉 トークイベント抄録 <昨今の転売ヤーたちと、現代社会の病理> 「転売ヤーたちの不都合な真実――転売が儲からない理由とは」@読書人隣り  転売について会計学の観点から分析した、生島和樹著『転売ヤーの会計学 儲からないのは理由がある』(光文社)刊行を機に、トークイベント「転売ヤーたちの不都合な真実――転売が儲からない理由とは」を、9月4日に読書人隣りで実施。 本書著者で福島大学准教授の生島氏と岩手県立大学准教授の杉谷和哉氏が、昨今の転売の問題を徹底議論した。その模様を抄録する。(編集部)  杉谷 転売ヤーと聞いて、私は黒沢清監督の映画『Cloud クラウド』(2024年)に登場する、菅田将暉さん演じる主人公の転売ヤーのことを思い出しました。その主人公は人里離れた場所に商材を保管するための巨大な倉庫兼住居を借り、それこそ5万円で買ったものを10万円で売って「儲かったぞ」と喜んでいる。それを観て「転売ヤーって儲かるんだ」と思っていましたが、本書を読むとその逆だとわかります。改めて転売が儲からない理由を説明いただけますか。  生島 ご紹介の映画を例に言及するなら、転売のために移住して、その上で倉庫を借りているわけですから家賃もそうだし、買い付けた商品の輸送費もかかります。さらに顧客に発送する際の梱包資材や送料も費用(コスト)として積み重なっていきます。  本書は会計学、つまり投下した現金がどのタイミングで利益に変わるか、その交換を辿っていく学問に基づいて転売行為を分析しました。その観点でいうと手に入ったお金だけでは売上、利益とは言えず、いま申し上げたようなコストと獲得した現金を照らし合わせると、どう考えても転売は儲からないという結論です。  杉谷 将来高く転売できるだろうと思って買っておいても、保管するにしろ、発送するにしろタダではないぞ、と。  ところで、転売ヤーをめぐる議論をしたときに、たとえば商品の卸のような仲介業や小売店だって転売ヤーとやっていることは同じではないかと指摘されますが、転売ヤーとそういった業種の違いは何なのでしょうか。  生島 小売業が製造業から製品を買って、商品として消費者に渡す流れは言ってしまえば転売そのものです。大事なのはその行為を通じて付加価値を生むかどうかであって、ここが公正な転売とそうでないものの分かれ目です。そして、小売は付加価値を生みながら販売することで消費者からの信頼を獲得している。転売ヤーはどうかというと、小売が生んだ付加価値を模造した販売を行っています。そうなると、よっぽど買い手が意識していないと、似たような経済活動を受け取ることになりますから、小売も転売ヤーも一緒じゃないかと錯覚してしまうのです。  では、転売ヤーを介して商品を買う必要があるかというと、今の日本においては小売店やECサイトを使えば普通に物は買えますから、わざわざ転売ヤーの力を借りなくてもいい。見方を変えると転売ヤーから物を買うということは、一般的な経済活動の循環において不必要なものに不要なコストを払うことと同義です。  杉谷 本書ではおもちゃやトレーディングカードなど、最近話題になることが多い転売を中心に扱っていますが、過去にはトイレットペーパーのような生活必需品でも買い占めからの転売が行われていました。今日の転売ヤーと昔の転売行為の動きに違いはありますか?  生島 昔の転売というのは、一種の恐慌状態のときに起きていました。社会に対する不安感から物の価値を自身で測りきれなくなっていた。人よりも多く持っておきたいから買い占めに走り、その不安心理に金額が上乗せされる形でトイレットペーパーやマスクも転売対象になっていたのだと考えます。  ところが、今日の転売ヤーは恐慌状態の不安心理とは全く関係なく、単純に自己の利益のためだけに買い占め転売する。つまり、通常の経済活動に横から割り込んで不当にお金を獲得している存在です。  杉谷 本書では実物の転売以外にも、コンサートや演劇のチケットの転売も話題にあがります。私は地元柄、宝塚歌劇が好きでよく足を運びますが、会場の周辺には「チケット売ります」みたいな人が立っていて、現にそういった人たちからその場でチケットを買う人を結構見かけます。他方、映画のチケットだと転売は行われないじゃないですか。そのあたりの違いについても解説いただけますか。  生島 宝塚歌劇しかり、コンサートや演劇などに言える価値というのは、その場限りの公演だということです。そして受け手側はその空間を共有することに価値を求めている。一方、映画の場合、作品自体はどの映画館で観ても内容は同じなので、その上演でないとダメだという理由があまりなく、転売も発生しないという理解です。  杉谷 生島先生はチケットのダフ屋と転売ヤーは基本同じだという理解ですか?  生島 そうですね。コンサートなどのチケットの場合、それこそ収容人数が決まっていますから、究極的にはそのチケットを買い占めれば価格操作権が発生するので、同じだと認識しています。  杉谷 私が小さい頃から宝塚歌劇のチケットの転売は見かけましたし、野球のチケットもダフ屋がつきものです。それを思うと、転売という行為も、それを使う人も昔からそれなりにいたということが言えそうです。  杉谷 会計学のレンズを通すと、小売業ならきちんとした計算に基づいて利益を上げる仕組みを構築している一方、転売ヤーは5万円の利ざやを稼ぐために、実は7万円使っていたけれどそれすら気づいていないことが見えてきます。その時点で儲けになっていないから、転売だけでは生計は立てられないし、社会のためにもなっていない。そういう実態なのにいまだに転売が絶えないのはなぜなのでしょうか。  生島 一つは成功体験でしょう。5万円で買ったものが10万円になったら、単純に2倍で売れたと思いこむ。そして、そこに至るまでのコストを無視したままその成功体験を追い続ける。転売というのは人間の欲に基づいた価値の奪い合いでもあるので、もしかすると他者から奪うことを喜びに感じているかもしれません。そこに成功体験が合わさることで、ギャンブルとまでは言わないまでも、やめにくい状況に陥っていくのだろうと思います。  杉谷 もはや個人の儲けを超えた、何か別の要因が働いていそうです。  生島 あるいは、人よりも早く情報を手に入れて動くことに価値を見出しているか、他者に商品が売れることで自分自身にも価値があると錯覚しているのかもしれません。  杉谷 今のお話を聞いて思ったのが、今、政治の世界でも起きている、他者を出し抜くためにハックするという発想ですね。他者を出し抜いた人間こそが賢いという価値観がもてはやされる時代になってきているなかで、転売ヤーというのも、ある種、社会の穴をついた賢いやり方みたいな受けとめられ方をしている気がします。  生島 それはあるかもしれません。そして、人が持っていない物にいち早くアクセスして、それを売りさばくことでの快感を得るために、その情報を誰よりも先んじて広めてもいる。情報の発信元になった人は、転売とは別に収益が獲得できるので、言うなれば商材ビジネスの胴元のイメージです。現に、転売に関して、「今週はこの商材が売れそうだ」と情報を発信するサイトを運営している人もいます。  そうやって見ていくと、今は情報を共有しすぎていることの弊害が起きているのではないかとも思います。  杉谷 情報を共有しすぎているとは?  生島 全く見ず知らずの他者が「得だ」と言った情報をすぐに鵜呑みにしてしまう。  杉谷 たしかに、本書で再三取り上げられたプラモデル(ガンプラ)の例でいえば、それが何の機体か理解していないのに、とにかく儲かるという情報だけでガンプラを買い漁っている。  生島 そうです。ほかにも、欲しくもない機体のガンプラを買ってしまう場合にも当てはまります。見ず知らずの誰かがアップした、それまで興味のなかったガンプラの画像を見て、損をしたくない一心でなかばパニック状態で買ってしまう。このような、他者が持っているものを同じように所有したい欲は、近年強くなっているのではないでしょうか。  杉谷 資本主義の射幸性みたいなものが転売行為を加速させている状況だと言えそうです。  生島 そうですね。転売ヤーが商品を高く売るために、購買欲を煽る形で情報を流して人びとの価値観を意図的に形成している側面もあります。けれども、たとえ購買欲を煽られたとしても、わざわざ転売ヤーたちを介す必要はなく、普通に買えばいいだけです。  杉谷 つまり、転売ヤーから買うこと自体が余計なことだと。そのメッセージは一貫していますね。  杉谷 本書では、企業側の転売対策にも触れられているじゃないですか。もともと私は、企業がもっと作ればいいのではないかと思っていましたが、現実はどれくらい売れるかわからないし、売れ残ったら大量に在庫を抱えるリスクもあるので、そんな簡単に作ることはできないのだ、と。全く反論の余地がありませんでした。  生島 そもそも、本書で題材にしたプラモデルやトレーディングカードのような、本来子どものおもちゃとして売られているものは転売のターゲットになりやすいのです。なぜなら今の子どもたちの数に合わせて生産されているからで、総じて供給量が減少傾向にあり、その分、希少価値も生まれる。それゆえ買い占めといった動きにつながってしまう。  かといって、企業の立場に立つと、転売ヤーによる買い占めを見越して多く作ったところで、本来のターゲットである子どもが少ないわけだから、最終的に売れ残るリスクを抱えてしまいます。もっとも、転売ヤーに売れた時点で企業の利益は確定しますから、一見それでよさそうな気もしますが、それに頼ってばかりだと、本来の需要を見誤る。転売行為は企業のマーケティング戦略に弊害をもたらします。  だから最近では、転売対策の一環として受注生産を取り入れていて、待っていれば必ず商品が手元に届くため転売ヤーも寄りつきにくく、一定の成果をあげています。もちろん、受注生産に取り組む上でのコストを企業側は負担している形ですが。  杉谷 たとえば、メルカリのようなプラットフォーム側がもっと転売を規制すべきだという意見も強くありますが、そういった規制の是非についてはどうお考えですか。  生島 さすがに、行われている取引の善悪までプラットフォーム側では判断できないでしょう。本当に不要なものを処分するかわりに売っているだけなのか、過度な利益を求めた取引なのかの区別まではつけられないですし、そこまで課すのはちょっと酷な気がします。  杉谷 不要なものを処分するかわりに欲しい人に売るのが、フリマサイトの本来の使い方ですからね。  生島 運営側からすると、そういった本来の使い方をしてくれるだろうとユーザーを信じて運営していて、そのための保守も欠かしていないと思います。たしかに、なかには自分だけが売り抜けようとするある種の悪意を持った人がいますが、それを運営が見抜いてくれと要求してしまうと、善意のユーザーを含めた全員に噓発見器をつけるのかという話になりかねない。  杉谷 あまりに高額な商品の取引を制限するといっても、その基準をどこに設けるのかという問題も出てきます。  生島 どの分野にも言えることですが、あらかじめルールをカッチリと決めたとしても、今度はそこをうまく回避して出し抜く人間は必ず出てきます。  杉谷 不要品を引き取って割と高額な値段で販売している業態としてリユース店がありますが、ここと転売はまた違うわけですよね。  生島 リユース店と転売の大きな違いは商品管理の意識でしょう。リユース店の場合、監督機関もありますから、商品の管理は徹底しています。その点、転売の商品には保証がないので、偽物をつかまされるケースも発生します。仮にリユース店でそういう問題が起きたとしても、買い手が申し入れれば即返金か交換対応してくれます。  杉谷 転売ヤーたちの言い分として、リユース店は中抜きしているから商品が高いのに対して、我々は中抜きしない分、安く商品を届けることができるのだと、自分たちを正当化していますが、フリマサイトで注文したものが本物か、あるいは本当に届くのか。それがわからないことのリスクがコストに転換されていることを、買い手側はもう少し認識した方がよさそうですし、中抜きを悪く言い過ぎると、かえって転売ヤーを利することになりかねない気がしました。  生島 保証をつけることや商品をきちんと管理することには当然、費用が発生しています。その保証にかかる費用を無視して、自分たちに利があるというのであれば、気にしない人たちの間で取引をすればよいのではないでしょうか。  杉谷 要するに、転売ヤーは売ると買うという行為とその結果しか見ておらず、そこまでの過程をすべてスキップしている。  生島 製造から販売に至るすべての過程には費用が発生しています。ですから、その過程を担って付加価値を生んでいる小売店やECサイトに対しても、相応のコストを払った上で物を買っているイメージを私は持っています。  杉谷 表からは見えにくい部分への評価が下がっていて、それゆえ自分たちだけで何でもできるぞと勘違いしている人が増えてきていることの表れにも思えます。  生島 実際に増えているでしょうね。それこそ結果しか見ないというのは、ある意味、AIで作ったレポートと一緒で、成果物はあるけれども、それを作る上での知識は全く蓄えられていない。転売ヤーにおいても結果だけを追い求めて、単に売買が成立したことだけを喜んでいても、そこに付加価値は発生していないし、それが本当に利益になっているかどうか本人たちが全く理解していないところが、同じだなと感じます。  杉谷 今のお話も含めて、転売ヤーの行為を倫理的に批判しながら、同時にそもそも儲からないからやめろということを、会計学という圧倒的なエビデンスによって示された。このように会計学の面白さを実感できる、入門書的な側面も本書にはありますが、一方で一般にとっつきにくい学問というイメージも持たれています。それはなぜなのでしょうか。  生島 会計学というのは一種の言語学に近い学問だと考えていて、触れたことのない海外の未知の言語には、どうしてもとっつきにくいじゃないですか。けれども、やってみると案外自国語と似たような単語が出てくるし、文法さえ覚えてしまえば使える場所も広がる。そして使えることの効用も得られます。  会計学もそれと同じで、一度使えるようになると、それ以前からも割と会計学的な思考をしていたことがわかるし、利益に対する考え方を様々なケースで応用することができるようになります。  杉谷 本書のことを入門書と言いつつも、第2章ぐらいから急にレベルが上がった印象があり、一見やっぱりとっつきにくい。けれども、よくよく読むと話はすごく単純なんですよね。それに本書を通じて会計学を学ぶことで、同時にものの見方の解像度の高まりを覚えます。それが言語学に近いというならば、外国語を勉強することで他国のニュースが読めるようになり、得られる情報が格段に増える感覚に近そうです。  生島 まさに、会計の知識を得ることで、経済ニュースでよく目にする、ある企業は利益が何円出ました、何円の損失を計上していますとか、企業買収の話題の何が問題かが即座に理解できるようになります。具体的な例でいうと、ロッテリアが買収されて100%子会社化したニュースを目にした途端に、近い将来、ロッテリアという名前そのものがなくなることが予想できる。結果はそのとおりでゼッテリアという名称に変わりました。  会計学の知見があれば、こうしたニュースの断片からでも、この先社会がどう動いていくかを、広く見渡せます。そのような考えのもと、今回、会計学を駆使して社会を見るための一つの事例として、転売ヤーに焦点を当てたわけです。  杉谷 今日のお話を通じて、会計学というツールを使うことで、転売ヤーみたいなものが流行ってしまう理由に、結果を求めすぎるある種の社会の病理みたいなものがあるところまで観察できるようになりますから、この先ますます会計学のニーズが高まっていきそうです。  生島 何より会計学を学ぶことで、転売ヤーから物は買わなくなるはずです。  杉谷 それはなぜでしょうか。  生島 頼んでもいないし、いなくても買えるものなのに、わざわざその人たちに給料を払う必要はあるのですか、と。こうした転売ヤーにまつわるメカニズムを買い手側が正しく理解することが転売対策として最も有効な気がします。  杉谷 転売ヤーにとって一番困るのは、在庫を抱えたままになることですからね。  生島 時間は誰にとっても有限なので、実際は儲からないことにあえて時間を使うくらいなら、自身の価値を高める、あるいは社会で役に立つための活動に時間を使った方が有益ですよ。(おわり)  ★いくしま・かずき=福島大学経済経営学類准教授・会計学(特に財務会計)。趣味はアニメ鑑賞とガンプラ製作。  ★すぎたに・かずや=岩手県立大学総合政策学部准教授・公共政策学。著書に『エビデンスの罠』など。

書籍

書籍名 転売ヤーの会計学
ISBN13 9784334110826
ISBN10 4334110827