キリシタンの生きた〈まち〉
五野井 隆史著
竹山 瞬太
本書は、中・近世日本周辺に存在したキリスト教徒「キリシタン(Christão)」研究の第一人者であり、「キリシタン史」関連の大著を数多刊行している碩学・五野井隆史氏の最新著作である。氏のキリシタン史研究の大きな特徴として特筆されるのは、多くの歴史学者が未だ十分に活用できていないイエズス会文書館(ARSI)所蔵文書など欧文の手稿文書を従前から多用し、日欧双方の一次史料に基づいた実証研究であるという点にある。全六章で構成される本書においても、氏はその出典を日欧の多様な一次史料に求めており、歴史学上の実証研究として、質の高い内容となっている。他方で、フロイス著『日本史』写本の邦訳本など、比較的アクセスしやすい印刷本・史料集も出典として併記されるなど、初学者・一般読者によるアプローチにも応える内容となっているのも本書の特徴である。
もちろん、本書の内容が筆者のようなキリシタン史研究者に与える示唆も多い。本書は各章で「まち」における宣教師・キリシタンの動静と社会や統治権力との関係性およびその変化を、「当初からキリシタンの都市」であった長崎(第六章)を除いて、概ね編年体で章立てし、叙述する形式をとっている。興味深いのは、各章から看取される日本人のキリスト教信仰の受容と宣教活動の展開、キリシタン信仰共同体の興亡とそれに関わる統治権力のキリシタンに対する政治姿勢のあり様に、十六~十七世紀の中・近世日本の「まち」にとどまらない、キリシタン史の特徴そのものを読み取ることができる点である。
第一章(鹿児島)の叙述は、日本でのキリスト教の開教者フランシスコ・ザビエルの宣教戦略や挙動を中心としつつ、イエズス会士ら宣教師たちがキリシタン史の黎明当初から日本人の宣教補助者やキリスト教界、すなわちキリシタン信仰共同体の必要性を強く認識していた事実を浮き彫りにしている。第二章(山口)では、そうした共同体維持のために士分階層の有力指導者の存在が不可欠であったことが例示されている。その一方で、キリシタンたちによるキリスト教的慈善活動の援助を受けた貧困者・病者の改宗者が多数生まれた状況は、第三章(豊後府内)・第四章(京都)の事例にみられるように、織豊期の都市形成・再編に際して、少数派のキリシタンに対する町衆などの多数派の人々の強い反発を招いていた。この困難な状況下での組織的宣教体制の確立とキリシタン信仰の興隆には、第五章(江戸)におけるフランシスコ会の宣教活動のケースと同様、キリシタン大名大友氏や三好政権、さらには徳川政権などの統治権力との政治的・経済的な結びつき、およびそれらの支援が大きく寄与していた。
本書の記述の大半は、日欧の一次史料を主要な典拠としている。そのため、例えば、総体的には反キリシタンの「まち」であった豊後府内において、共同体維持に大きく寄与したことが本書でも示唆される近隣のキリシタン集住地「高田」の史的位置や(注一)、江戸時代の禁教期、京都のキリシタン教界での宣教活動に大きな存在感を有した大坂のキリスト教界に関する試論など(注二)、全六章の「まち」とその周辺地域に関わる近年の最新研究を踏まえることで、本書が明らかにしたキリシタン史はさらなる考究の深化をみることが可能であろう。しかしながら、本書は、鹿児島のキリシタン史において初めて実証的に市来地域を焦点化し、山口における宣教者ロレンソの改宗の意義をキリシタン史上に位置づけた他、黒田孝高と和田惟政を統治権力とキリスト教界の近世的「取次」(注三)に類する存在として論じ、さらには潜伏キリシタン伝承の「バスティアン暦」(一六三四年)を禁教下における長崎宣教終焉の画期(一六三三~三四年)と関連づけて論じている(注四)。爾後のキリシタン史研究に結びつき得る新たな視角と論題が本書の中で数多提起されていることは、右記少数例示をもってしても明らかである。さらにいえば、本書が取り扱う織豊期は、注目度に反して日本側の一次史料の存否が問われる年代である。殊に全六章にわたる「まち」の当該期の歴史は、『信長公記』や公家の日記、中・近世の大名家文書など、比較的信憑性の高い既知の史料群による包括的行論も困難である。本書はそうした史料的制約のある時代・地域史を、可能な限り日欧の一次史料に依拠して究明した「都市史」研究としても重要な試みといえよう。
当今のキリシタン史研究で泰斗・五野井隆史氏の研究成果の恩恵に与らないものは無いだろう。キリシタン史研究におけるメルクマールとなる本書もまた、爾後、筆者のようなキリシタン史研究者は無論、むしろそれ以外の日本史、殊に織豊期の歴史に関心のある読者諸氏にとって必読の研究書であることを確言する。
(注一)川村信三「豊後国大分郡肥後領「高田」切支丹文書からみるキリシタンの消長」『キリシタン文化研究会会報』一五二(キリシタン文化研究会、二〇一八年)。
(注二)竹山瞬太・阿久根晋「畿内における禁教初期イエズス会宣教とキリシタン―『一六三二年度日本年報』記載の有力「宿主」殉教を手がかりに―」『キリシタン文化研究会会報』一六六(キリシタン文化研究会、二〇二五年)。
(注三)髙野有理香「豊臣政権の対外交渉と取次慣例」『史境』七三(歴史人類学会、二〇一七年)。
(注四)なお、画期としての一六三三年(寛永一〇年)のキリシタン史上の意義については、拙稿「寛永十年日本イエズス会組織的宣教体制の終焉 ―天草におけるイエズス会宣教師の捕縛事件を手がかりに―」『上智史学』六六(上智大学史学会、二〇二一年)も参照。(たけやま・しゅんた=上智大学非常勤講師・日本近世史・キリシタン史)
★ごのい・たかし=東京大学名誉教授・キリシタン史。著書に『日本キリスト教史』『日本キリシタン史の研究』『大航海時代と日本』『キリシタンの文化』『島原の乱とキリシタン』『キリシタン信仰史の研究』など。一九四一年生。
書籍
| 書籍名 | キリシタンの生きた〈まち〉 |
| ISBN13 | 9784642043786 |
| ISBN10 | 4642043780 |
