まちは言葉でできている
西本 千尋著
星野 文月
用事があって月に一度くらい東京へ出かけることがある。かつて働いていた渋谷駅はいつ行っても工事をしていて、昔は通れた場所が今は目的の場所になかなかすんなりと辿り着くことはできない。去年まで使っていた通路がバリケードで塞がっているかと思えば、思いがけない場所に新しくきれいな道ができていることもある。人にぶつかりそうになりながら、数年前まではこんなところで暮らしながら働いていたのか……と過去の自分を他人のように遠く感じる。
なんとなく「渋谷は再開発に向けて工事を進めている」という認識は持っている。ただ正直、まちづくりや都市計画に明るくない私からすれば、この街がどんな未来像を持ち、どういう方向に向かっているのか、よくわからない。わかる人に出会ったこともない。そもそも誰かがまちづくりを説明し、理解してくれるなんてことを、私は期待したこともないことに気がついてしまう。
個人の意志や感情なんてものがまちの中に組み込まれることなんてあるのだろうか。轟音を立てながら膨張を続ける街の真ん中に立って、そんなことを思うのだった。
本書は約20年間まちづくりに携わり続けてきた著者が、さまざまな地域を訪ね、そこで出会った人たちの言葉をもとに、書き留めた記録が一冊の本にまとめられている。行政やディベロッパーによる再開発が進行するなかで、足元の言葉を拾い続け、そこにあるものを問い続けてきた一冊となっている。
「今日の『民』の牽引するまちづくりのなかに、住民がいるのか、わたしやあなたがいるのか。権力の不均衡や常態化する抑圧の下で、誰しも自由に声をあげられているのか」と著者は問う。
すべての計画は言葉で制定される。つまりあらゆる景色の手前には「言葉」がある。住民の気持ちを置き去りにしたまま、第三者の介入によってまちのかたちが大きく変わってしまうというケースは少なくない。だけれど、本書の中では「言葉」を尽くした対話によって、調整と調和の仕組みを地域住民が提案し、自分たちのまちづくりを主導しようとしてきた事例も紹介されている。行政や企業の都合ではなく、自分たちのまちを自分たちで守っていこうとする地道な姿勢こそが、まちの未来を育てていくことに繫がるのではないかと著者は読者に語りかける。
また本書の中で特に印象的だったのは、著者が被災した能登半島を訪れたときのエピソードだった。
被災地復興を単なる「修復」ではなく、その地域らしさを残しながら、社会や経済構造の変容のきっかけとすることを目指す「創造的復興」という言葉。気をつけないと形骸化した、ただのスローガンに成りかねないこの言葉について思いを巡らせる著者が、能登で暮らす人々に「復興ってどういうことなんでしょうか」と率直な問いを投げかけた。すると、口々に返ってきた言葉は「前と同じように祭りができること」というものであった。
何かの象徴的な建物や、特定の場所が修復されるといったような、目に見える形ではなく、「祭り」という概念が日常に戻ってくることを彼らは「復興」と定義していた。
祭りを行うためには、たくさんの準備の時間が必要だ。その地域で暮らす人々が話し合い、細やかな同意と決定を積み重ねながら、試行錯誤して祭りをつくりあげていく。祭り当日の成功はもちろん、祭りに向けたその過程を共に経験することで、対話が生まれ、見えないところでまちに根が張られる。「祭りを行うこと」自体が、まちのインフラ維持・修繕のプロセスにつながると住民が捉えていることが非常に本質的であるように思った。
そして、このような地道な営みは、どんなコミュニティでも実現可能なのではないかと感じた。その地域で生きる人が同じ空間の中で、自分の言葉で語り、対話を重ねること。
たしかに時間はかかるかもしれない。だけど、関係を繫ぎ、あたらしく築いていくための「言葉」を探しながら、その土地を見つめ続けることこそが、まちづくりの根幹を支える最も重要な営みであることを本書が指し示している。(ほしの・ふづき=作家・文筆業)
★にしもと・ちひろ=NPO法人KOMPOSITION(居住支援法人)理事/JAM主宰。二〇〇三年から商店街、景観、観光、歴史的建築物、町並み保存、エリアマネジメント、居住支援等、各種まちづくりに携わる。跡見学園女子大学兼任講師。一九八三年生。
書籍
| 書籍名 | まちは言葉でできている |
| ISBN13 | 9784760156474 |
| ISBN10 | 476015647X |
