2026/09/04号 6面

語りたくなるほど奇抜で破滅的な作曲家の人生

語りたくなるほど奇抜で破滅的な作曲家の人生 上原 章江著 木許 裕介  大胆なタイトルと色鮮やかな表紙が目を奪う本書は、題名が示す通り、クラシック音楽史に名を残した18人の作曲家たちの「人間」としての姿に光を当てた一冊である。ただし、本書はまったくの新著というわけではない。2011年に刊行された同著者の『クラシック・ゴシップ! いい男。ダメな男。歴史を作った作曲家の素顔』をもとに、加筆修正を施したものである。サン=サーンスとエリック・サティの二人が加えられたものの、その他は旧著を概ね踏襲しており、前著を読んだ評者にとっても、目新しさには欠ける。  もっとも、本書の魅力は、新しい音楽史的知見を提示することよりも、教科書で近寄りがたく見える「大作曲家」たちを、私たちと同じ生身の人間として描き出すところにあろう。恋愛、結婚、金銭、名誉欲、人間関係のもつれなど、後世から眺めればビッグ・ネームとなった作曲家たちも、さまざまな欲望や矛盾を抱えて生きていた。本書はそうしたエピソードをテンポよく、なかば「ゴシップ」的に紹介してゆく。文章は平易で読みやすく、専門的な音楽知識を前提としない。数多くの逸話を短い紙幅に整理し、一人ひとりの人生に物語としての輪郭を与えてゆく構成も巧みで、クラシック音楽に馴染みのない読者でも、人物をめぐる読み物として気軽にページを進めることができるだろう。  「偉大な芸術家」という額縁を外してみれば、そこに現れるのは、立派でも模範的でもない人々である。本書のタイトルにある「奇抜」「破滅的」という言葉が象徴するように、常識から外れ、ときに周囲を混乱に巻き込み生きた人物も少なくない。作曲家を神格化せず、恋愛や家庭生活といった共通の視点から横断的に眺めることで、通常の音楽史とは異なる人物どうしの比較が生まれるのも面白い。  一方で、その読みやすさと表裏一体ともいうべき大胆な人物評や評価には、危うさを感じる箇所もあった。たとえばシューマンを「衝動的」「計画性に欠ける」「子供っぽくてかわいい」と評するくだりは、伝記的事実というには大摑みにすぎよう。若き日のシューマンは単純な「おぼっちゃん」ではなく、16歳にして父や姉の死に直面し、詩と散文のあいだを揺れ動きながら、実存に悩み続けた人間でもあったはずだ。  また、新たに追加されたサン=サーンスの章が、「いまもなお、フランスを代表する作曲家のひとりと言われているけれど、そうした声に匹敵するほど作品も愛されているとは言い難いのは、なんとも皮肉なことである」と結ばれている点にも、いささか疑問を覚えた。たしかに、彼が生涯に残した膨大な作品のうち、今日広く知られるものが一部に限られるという見方には頷ける。しかし、《白鳥》やチェロ協奏曲第1番はチェリストにとって重要なレパートリーであり、交響曲第3番《オルガン付き》も、その壮麗な音響によってオーケストラの演奏会で特別な存在感を放ち続けている。さらに《動物の謝肉祭》《死の舞踏》、5つのピアノ協奏曲、《序奏とロンド・カプリチオーソ》など、さまざまなジャンルに今日のレパートリーとして定着した作品を持つ。膨大な作品のうち演奏される曲が一部に限られることをもって、作曲家としての名声に比して「作品も愛されているとは言い難い」と結んでしまうのは、やや性急ではなかろうか。  なお、旧版では各ページ下部に置かれていた脚注が、今回は巻末注に改められた。誌面はすっきりしたものの、事項をその場で確認できる旧版のつくりのほうが、こうした入門的な読み物には親切だったように思う。軽快に読める本書だからこそ、本文から巻末へ何度も往復しなくてよい脚注形式には利があった。  ともあれ、本書の軽快な筆致と豊富なエピソードには確かな吸引力がある。読後、本書に登場した作曲家たちについて「もっと知りたい」と思ってしまうことは間違いない。それにしてもエリック・サティの異質さよ!(きもと・ゆうすけ=指揮者)  ★うえはら・あきえ=フリーライター。二〇一一年よりヤマハ『ピアノの本』でアーティスト取材記事などを執筆。

書籍

書籍名 語りたくなるほど奇抜で破滅的な作曲家の人生
ISBN13 9784636124248
ISBN10 4636124243