2026/04/03号 1面

寄稿=末近 浩太/松永 泰行/三牧 聖子<許されざる背信的攻撃>イラン情勢をめぐって

寄稿=末近 浩太(1面)/松永 泰行(1~2面)/三牧 聖子(2面) 許されざる背信的攻撃 イラン情勢をめぐって  2026年2月28日、アメリカとイスラエルがイランへの大規模空爆を開始した。攻撃によりイランの最高指導者アリー・ハーメネイー師を殺害。市民が暮らす市街地にも爆撃は降り注ぎ、都市のインフラを寸断している。  中東(西アジア)地域研究を専門とする立命館大学教授の末近浩太氏と東京外国語大学大学院教授の松永泰行氏、アメリカ政治に詳しい同志社大学教授の三牧聖子氏に、イラン情勢について寄稿をお願いした。(編集部) ◆現在進行形のいくつかの「戦争」について 末近 浩太  2026年2月28日に始まった米国とイスラエルによるイラン攻撃は、二つの戦争が重なっていた。一つは、トランプ米国大統領による「個人の戦争」であり、もう一つは、ネタニヤフ政権とイスラエル国家による「社会の戦争」である。  大統領任期2期目のトランプが欲しているのは、ノーベル平和賞のような自らの名を刻む「レガシー」であろう。彼は取引(ディール)と費用対効果を重んじるビジネスマンと見なされがちだが、実際には、国家の資源や制度を自らの名声のために使うことを厭わない人物である。イランとの戦争すらもまた、自らの「レガシー」を演出するための舞台である。今回の戦争は、その意味で「個人の戦争」であった。  他方で、ネタニヤフの戦争は、彼個人の意思というより、ホロコーストを二度と繰り返さないというイスラエル社会の強い意識に支えられていた。2023年10月7日のハマースによる越境攻撃以降、イスラエルは、イランの支援を受ける反イスラエル・反米勢力の拠点があるガザ、ヨルダン川西岸、レバノン、シリア、イラク、イエメンへと戦線を広げていった。今回の戦争は、その延長線上でイランという最大の「脅威」の除去に踏み切ったものである。各種世論調査でも、イスラエル国民の8割から9割が対イラン攻撃を支持していた。まさに「社会の戦争」であった。  今回の戦争は、正当性と手続きの両方において、国際法上の問題が極めて大きいものでもあった。他国の領土保全や政治的独立に対する威嚇や武力行使を禁じた国連憲章2条4項に抵触する「違法な戦争」であることが濃厚であった。少なくとも、武力行使の法的根拠が米国とイスラエルから十分に示されることはなかった。さらには、国連安保理だけでなく、主要な同盟国との事前協議すら十分に行われていなかった事実も露見した。  それだけではない。米国とイスラエルによるイラン攻撃は、中東と欧州の諸国が緊張緩和に向けた外交的努力をしていた最中に行われた。それは、単なる先制ではなく、対話の余地を自ら狭める卑怯な不意打ちとして受け止められても仕方がない。  この不意打ち、言うなれば「背信の戦争」を象徴したのが、イラン体制指導部を狙った「斬首作戦」である。開戦直後の攻撃で、ハーメネイー最高指導者を含む幹部数十人が空爆によって暗殺された。次男のモジュタバーが新たな最高指導者に選ばれた後も、他の幹部やイラン・イスラーム革命防衛隊のメンバーなどの暗殺が続いた。そこには、イランの指揮命令系統自体を攪乱し、体制転換を誘発させる意図が含まれていた。  とはいえ、米国は、イランを親米国家へと体制「転換」させるために周到な準備をしていたわけではない。現在の体制を動揺させ、米国に従順な、そうでなくとも敵対性を弱めた指導部の出現を期待する、といった粗雑な見通ししか持っていなかった。他方で、イスラエルは、イランの体制を「転換」することを明確に企図していた。ただし、やはり「転換」後の体制の青写真は描かれておらず、内戦や分裂などでイランが長期にわたり破綻国家になることへの期待が見え隠れしていた。イスラエルにとって重要なのは、イランの安定化ではなく、弱体化に過ぎなかった。  このように、今回の戦争においては、当初から米国とイスラエルのあいだに意図の違いがあった。共通していたのは、いずれもイランという国や、そこにある社会の行方に関心がないという無責任な姿勢であった。  特に目を引いたのは、イラン側の強硬姿勢であった。1979年の革命によって成立したイランの体制は、米国とイスラエルへの抵抗を旗印に掲げてきた。そのため、今回の攻撃に対して後退や妥協をあからさまに示すことは、軍事的な劣勢を認めるだけでなく、体制を支える革命の理念の放棄と見なされかねない。体制にとっては「抵抗の戦争」を貫くことを余儀なくされるが、裏を返せば、抵抗して生き延びるだけで勝利を喧伝できるとも言える。  一般に、軍事的に劣勢にある国家は、被害の拡大を避けるため、早期停戦や限定的反撃に向かいやすい。しかし、今回、イランは停戦提案を拒み、むしろ戦線を周辺国へと広げるエスカレーションの道を選んだ。指導部は、被害が拡大するなかでも、仲介国を通じた緊張緩和案を退け、米国とイスラエルが先に「敗北を認める」べきだとまで主張した。  一見すると非合理に見える態度だが、そこにはイランなりの計算があった。軍事力で劣り、しかも米国とイスラエルという二つの相手に対峙する状況では、自国だけで押し返すことは難しい。そうであれば、第三国を巻き込み、利害関係国の数を増やすことで、戦争の構図そのものを変えるほかはない。実際、イランはイスラエル本土への反撃だけでなく、アラブ首長国連邦やカタール、サウジアラビアといった湾岸アラブ諸国にも弾道ミサイルやドローンによる攻撃を行い、世界経済にとっての生命線であるホルムズ海峡を事実上の閉鎖状態に追い込んだ。  戦争に巻き込まれた国々は、いくつかの選択肢を突きつけられる。一つは、これ以上の紛争拡大を避けるために仲介に動くこと、もう一つは、戦争に巻き込んだ当事国に対して早期・即時停戦を求めることである。イランのエスカレーションには、周辺国をただ萎縮させるだけでなく、敵対する同盟の足並みを乱し、さらには米国中心の中東地域秩序に亀裂を入れる狙いがあったと考えられる。  ここで重要なのは、イランを含む関係各国が、今回の戦争を一回きりのゲームとして見ていないという点である。  湾岸アラブ諸国にとっての衝撃は、米国との同盟のために自国が攻撃対象となること、しかも、その攻撃を完全には防げないことが露呈した点である。イランに対する抑止は失敗し、迎撃も万能ではなかった。これは、国民を護る責を負う各国政府にとって、極めて重い経験となった。自国の港湾やエネルギー施設、物流や金融の仕組みがどれほど脆いのか、今回の戦争は一気に可視化した。それだけではない。現代の戦争が前線にとどまらず、輸送路、供給網、金融市場を通じて、日々の生活そのものを揺るがすことも、あらためて浮き彫りになった。  イランが狙ったのは、まさにそこにあった。再び自国を攻撃すれば、同じ代償を払うことになる。そう相手に認識させることで、戦争の恐ろしさを再学習させ、「次の戦争」を思いとどまらせようとしたのである。冷徹な論理である。だが、軍事的に劣勢な側が生き延びるには、相手の勝利条件を曖昧にし、費用対効果を悪くし、躊躇を生み出すほかない。イランのエスカレーションは、その意味で戦略的合理性を備えていた。  このまま体制転換に至らず、戦闘だけが収束した場合、その後のイランには何が残るのか。おそらく最も現実的なのは、傷つきながらも現在の体制が延命するというシナリオである。  イランでは、昨年末から全国規模の抗議行動が起こり、治安部隊との衝突で数百人から数千人もの死者が出ていた。今回の戦争前の段階で、経済的苦境と政治的抑圧を背景に、体制と市民のあいだには深い亀裂ができていたのである。  しかし、外部からの攻撃は、その亀裂をただちに体制批判へと結びつけるとは限らない。今回の攻撃は、仇敵である米国とイスラエルによる、不意打ちのかたちを取った指導部攻撃であった。だからこそ、イラン市民のあいだでは、体制への不満とは別に、「今は危機に一丸となって立ち向かうべきだ」という意識が生まれやすい。いわゆる旗下集結効果である。  米国もイスラエルも、現時点では体制転換に不可欠とされる地上軍の投入には踏み込まず、空爆の継続に徹している。そうである以上、イランの体制が崩壊する可能性は低い。結果として残るのは、社会インフラが破壊され、市民生活がいっそう困窮するなかで、抑圧的な革命体制の中枢が生き延びるという苦い現実である。今回の戦争は体制転換よりも、むしろ体制を延命させるという皮肉な結果をもたらす可能性が高い。  今回のイランに対する戦争が起こるまでに、中東ではすでに武力行使の閾値そのものが下がっていた。2023年に始まったガザでの壊滅的な戦争――侵攻、虐殺、占領――が止められないまま、戦火は周辺地域へと広がっていった。国際社会がガザの破局を止められなかったことの代償が、より大きな戦争となって返ってきたのである。戦争が常態化するとは、戦争を選ぶことへのためらいが薄れていくことでもある。  むろん、ガザでの戦争がもっと早く抑え込まれていたとしても、米国・イスラエルとイランの対立そのものが消えたわけではないだろう。それでもなお、全面戦争よりは低強度の緊張と不完全な対話の継続の方が、はるかに望ましい。紛争を完全に解決できなくても、戦争にまでは至らせない。そうした抑制こそが、戦後国際秩序が培ってきた知恵であった。  今回の絶望的な戦争に積極的な意味を見いだすことは難しい。それでもなお何かを汲み取るとすれば、次の二つであろう。一つは、トランプという強権的指導者の判断や大国の独善が、「力による平和」といった言葉で正当化できるようなものではなく、むしろ世界を危うくすることを、あらためて示したという点である。第二に、戦争は前線にとどまらず、世界各国の社会や市民生活に瞬く間に深い打撃を及ぼす。この、極めて当たり前でありながら忘れられがちな事実を、多くの人びとに肌感覚で知らしめたことである。  私たちは、今まさに日々の暮らしが急激に変化するなかでその現実を肌で感じている。(すえちか・こうた=立命館大学国際関係学部教授・中東地域研究・国際政治学・比較政治学) ◆緊迫するイランの状況と市民の被害/イランを瓦解させんとする無謀な企て 松永 泰行  アメリカとイスラエルによる対イラン戦争は、二〇二六年二月二八日土曜日の現地時間で午前九時半過ぎに、イランの首都テヘラン中心部にある最高指導者の執務室付近への集中的なミサイル攻撃で始まった。イラン側からなんの攻撃も軍事的挑発もない中の、また国連安保理決議の採択など、集団的安全保障行為としての軍事行動を正当化するための事前の国際的なプロセスも何もない、完全に一方的な不意打ち攻撃であった。この行為は、諸国が認める、イラン側からの「差し迫った脅威」があったといえない以上、集団的自衛権の行使としての先制攻撃には相当せず、国連憲章第二条四項が禁じている国連加盟国間の武力行使を、アメリカとイスラエルがイランに対して行ったことになる。さらに、二〇二五年六月のイスラエルによる対イラン攻撃と同様に、アメリカとイランの間で外交折衝が行われている最中、すなわち次の会談があると想定されている中での不意打ち攻撃であり、各国間の問題の解決手段としての外交の悪用にも相当するものであった。  攻撃を受けたイラン側は、二時間後からイスラエルに無人機での反撃を開始し、ペルシア湾を挟んだアラブ諸国、まずはバーレーン、カタール、アラブ首長国連邦、クウェート、さらに翌日にはサウジアラビア、にある米軍基地に対して無人機や弾道ミサイルを使った反撃に乗り出した。同時に、国連安保理の緊急会合の開催を求め、アメリカ・イスラエル側の軍事行動の違法性を訴えたが、緊急会合は決議も声明文も出すことなく閉会した。国連安保理については、開戦から一二日目の三月一一日に今次の戦争に関する唯一の決議案を採択したが、イランによる軍事攻撃のみを非難する一方的なものであり、常任理事国自体、あるいは常任理事国が庇護する国、が当該国である紛争に有効な対処をしえないことを、再びあからさまにした。  アメリカ・イスラエル側のミサイル攻撃の対象となったのは、まずは政治的・軍事的にイランの体制を統括している要人の暗殺と司令部(コマンドセンター)の破壊、さらに弾道ミサイルや攻撃用無人機の発射基地・貯蔵庫・製造関連施設などであり、指揮系統と軍事能力の混乱・破壊を狙っていたようにみえる。しかし、初日からペルシア湾岸のホルモズガーン州ミナーブの女子小学校やテヘランの病院などが爆撃を受け、子供を含む民間人の死傷者も多数出ている。 イランの人権NGOの発表によると、最初の三週間の死者は軍関係者が一一五三人、民間人からは二一〇人の子供を含む二〇〇〇人を超える死者がでているという。また赤新月社の発表によると、三月二四日までに、八二〇〇〇件の非軍事ターゲットが損傷を受け、それには六二〇〇〇件の住宅、一九〇〇〇件の商業施設が含まれているという。これらの内、テヘラン州の被害は二五〇〇〇件余りであるとされており、被害が全国的に広がっていることがわかる。また赤新月社は、爆撃を受け倒壊した瓦礫の下から救出された人が六〇〇人を超えるとも発表している。  開戦から日が経つにつれて、アメリカ・イスラエル側が使う爆破物の規模が拡大している模様であり、イラン国内からほぼ毎晩、昨晩はこれまででもっとも激しい爆撃を経験した、との庶民の声が聞こえてくる。また爆撃は日中も行われ、長年国際的な制裁の対象になっているイランは、相対的に防空能力が優れておらず、アメリカ・イスラエル側のステルス戦闘爆撃機を捕捉できるレーダーも持ち合わせておらず、民間人向けの防空サイレンも整備されていないため、庶民が日常生活を送っている生活圏のど真ん中に、大規模なミサイル攻撃がなされ続けている。攻撃国側は破壊する軍事的対象を思いつかなくなったのか、普通の警察署や福祉関係の施設など、日常的な施設への破壊にも乗り出している。    〈1面からつづく〉  何が破壊されているかから逆算すると、攻撃国(とりわけイスラエル)側の狙いは、政治指導者や軍幹部の殺害および軍の攻撃能力の破壊だけでなく、行政機能や原油貯蔵施設などエネルギー・インフラを含むイラン・イスラーム共和国の国家機構の瓦解をもくろんでいることがうかがえる。ここで見られる理屈は、もしイランのイスラーム体制を西側諸国により友好的な体制に空爆によって転換させることができなくとも、空爆による破壊を通じて、少なくとも行政機能を含む既存のイラン国家を崩壊させることで、彼らが考える、いわゆるイランの「脅威」は軽減できるとの、独善的な思考である。なぜ軍事大国である先進国が、後発国(いわゆる途上国)が厳しい国際的環境下で一〇〇年以上かけて苦労して建設してきた国家・社会のインフラを、自己都合で多量の爆薬を以て破壊できるとの考えにいたるのか、理解に苦しむ。  また、たかが十数年前の二〇一一年(オバマ政権期)にリビア国家を破壊する空爆を行った時には、少なくとも「人道介入」(いわゆる「保護する責任」論)の体裁をとっていたのと比べても、トランプ政権下において、原油などの資源の簒奪や空爆後のリゾート開発の目的を恥じることなく公言する者が采配を下していることに、また国際社会がそれに対して不作為であることに、驚愕させられる。  初日に一九八九年以来最高指導者を務めていたハーメネイー国家元首の殺害を受け、同時にパークプール革命防衛隊司令官、ムーサヴィー全軍統合本部司令官、ナスィールザーデ国防大臣、および最高指導者軍事顧問でもあるシャムハーニー防衛会議書記という、軍および国家安全保障最高会議のメンバーを失っても、なぜイラン軍もイラン国家も崩壊にいたらず、粛々と反撃を行えているのであろうか。これらは、二〇〇三年四月のイラク国家および二〇二四年一二月のシリア国家の事例と対照的である。この二つのアラブの国では、絶対な権力を一手に収めていた大統領が雲隠れした瞬間に、軍人を含む全ての公務員が職務放棄をし、砂上の楼閣が崩れるように一瞬にして国家が倒壊してしまった。同様に、最高指導者の手に最重要な意思決定が委ねられていたイランで、なぜ同様の瞬時の崩壊が見られなかったのであろうか。  一つの理由は、一九七九年のイラン・イスラーム革命から四七年が経ち、かつての熱気が国民多数の間では見られない一方で、シーア派イスラームの宗教的基盤を持つ体制であるため、少なくとも国民の一割強にとどまると見られる支持者の間では、体制がいまだに強い求心力をもちあわせていることである。イランが持つ軍事組織(いわゆる国軍)の一つである、革命防衛隊はまさにそのようなシーア派イデオロギーを内面化させた将校が率いる精鋭部隊であり、それが体制のバックボーンを構成している。  もう一つは、指揮系統の制度化が進んでいることである。トップの司令官が殺害されたら、その副官が引き継ぐという仕組みを、昨年(二〇二五年)六月の一二日戦争後に、三重、四重に整備したといわれている。また正副の司令官が同時に同じ会議に出席しないなど、予防措置を徹底させていたようである。また昨年以来、次にイスラエル・アメリカから攻撃を受けた場合に備え、反撃で叩く目標の選択を周到に進めていたことがうかがわれる。また、当初の反撃では新型兵器の導入を控え、相手側のミサイル迎撃のためのミサイルの在庫が薄くなるまで待ち、より新型の兵器(例えば大気圏に再突入した後に方向を変えることができる終末誘導機動弾頭をつけた中距離弾道ミサイル)を使っていることがわかる。いいかえると、イラン側は今次の大規模攻撃を受けることは予期しており、周到な準備と賢い戦術を用いて反撃を行っているようにみえる。  とはいえ、イラン側の軍事基地や軍事関連施設に対して、バンカーバスター(地中貫通型)爆弾を含む兵器を使い日々猛烈な空爆をアメリカ・イスラエル側が行っているため、イラン側の反撃にも最終的には限界があることは想定されるが、少なくとも数ヶ月は戦える準備をしていると思われる。また報道されているように、アメリカ軍が水陸両用強襲部隊や空挺部隊を投入して、イラン領土で地上での戦闘が始まれば、地の利をもつのはイラン側であり、投入されたアメリカ軍が全滅する事態も想定外ではない。  第一次世界大戦時にペルシア湾岸から上陸したイギリス軍が首都バグダードに到達できたのは、なんと二八ヶ月後であった。その間、地元の武装勢力に取り囲まれたイギリス軍の部隊が降伏せざるを得ない局面も出てきた。英領インドからの応援部隊の到着を待ってようやく再び先に進むことができた。今回もペルシア湾岸から米軍が上陸しても、国土制圧ができる見込みは全くないといっても過言ではない。  では、体制が続けばイランは勝ったことになるのであろうか。もちろん、国家機能の瓦解や電気や水の供給を含む生活インフラの崩壊はイラン国内に住む者は誰も望んでいない。では、政治体制が倒れることを望むイラン人が、在外のディアスポラ・コミュニティーの大半だけでなく、国内においても少なからず存在しているのはなぜか?これは、イラン・イスラーム共和国体制が過去四七年の長きに亘り、自らの政治イデオロギーに賛同しない者を厳しく弾圧し続けてきたからであり、貴重な資源を国民多数のためにではなく、ウラン濃縮プログラムや弾道ミサイルの整備や地域の親イラン勢力への支援に回すことをしてきたからである。これらの選択の背後にある戦略的思考に問題がなかったとはいえない。また本年一月に政治体制の変換を求める平和裏の路上抗議活動をしていた、丸腰の普通の若者に対し重火器を向け、二晩に亘り(少なくとも)数千人もの自国民を殺害したことは、その行き過ぎの証左以外の何ものでもない。  とはいえ、上述の通り、全く正当化できない軍事攻撃で以て、統治機構および市民の生活インフラの破壊を通じてイラン国家を瓦解させようとする無謀な企てを、看過することはできない。(まつなが・やすゆき=東京外国語大学大学院教授・政治学・国際関係論・西アジア地域研究) ◆「イスラエルの戦争」にはまりこんだ米国 三牧 聖子  2月28日、米国とイスラエルによる軍事攻撃でイランの最高指導者ハメネイ師が殺害された。この攻撃が、イランは核開発疑惑をめぐって米国と交渉をしている最中に行われたことは強調されねばならない。攻撃直前の2月26日にも核協議が開かれ、両国は交渉継続で合意していた。  今となっては、一連の交渉は米国が中東にイランを攻撃するのに十分な戦力を移動させるための時間稼ぎだったのではないか、との疑いが濃厚だ。米国の交渉への姿勢は、控えめに言っても不誠実だった。担当者は中東担当特使のスティーブ・ウィトコフと元大統領上級顧問でトランプの娘婿のジャレド・クシュナー。2人とも不動産ビジネスの出身で、これまでに政治・外交について経験も知識もまったく積んでいない。協議で話された内容も、米国側に交渉を妥結させる意思が果たしてあったのか、疑念を抱かざるを得ないものだ。米国はイランに「ウラン濃縮活動を含む核開発の放棄」という無理難題を突きつけた。これは原子力発電のための「平和的なウラン濃縮」も禁じる要求であり、日本を含むNPT(核拡散防止条約)加盟国に認められている権利を否定するものだ。 もっともこのような極端な要求を突きつけられてもイランは粘り強い交渉姿勢を見せ、貯蔵された濃縮ウランの放棄、保有する濃縮ウランの大幅希釈、国際原子力機関(IAEA)の完全な検証の受け入れなど、大幅な譲歩を見せた。交渉の仲介に当たったオマーンの外相は、イラン側の大幅譲歩により、交渉は早晩妥結するだろうという観測を示していた。米イスラエルの軍事行動は、そうした中で遂行された。  トランプは、「我々の目的は、イラン政権‌による差し迫った脅威を排除し、米国‌民を守ること‌だ」と軍事作戦を正当化したが、「イランの脅威」は明らかに誇張されていた。イランの核開発計画は、昨年6月の米イスラエルの核施設攻撃後、大きな進展を見せていないとみられる。米イスラエルによるイラン攻撃が始まって数日後、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は、「イランが核兵器を製造している証拠はない」と改めて念を押した。3月18日、上院の公聴会に出席した米国家情報長官トゥルシー・ギャバードも、昨年6月に米国がイランの核施設を爆撃して以来、「イランは(核開発に必要なウランの)濃縮能力を再建することは試みていなかった」とする声明文を議会に示した。トランプはイランが「まもなく米国本土を攻撃可能な兵器を保有する」とも主張してきたが、米情報機関はイランが大陸間弾道ミサイルを実戦配備できるのは2035年頃になるとの評価を示していた。イランによる先制攻撃の予兆はなかったことは、米の情報機関も認めるところだ。今回の米イスラエルの攻撃は、国際法上許されない予防的な武力行使だったといわざるを得ない。  「イランは我が国に対する差し迫った脅威をもたらしていない」「良心に従えば、イランで続く戦争は支持できない」――3月17日、米国家テロ対策センターのトップを務めるジョー・ケントがこうした内容を盛り込んだトランプ大統領宛の公開書簡とともに辞任した。  政権高官が、対イラン軍事作戦への反対を理由に辞任を明らかにするのは初めてだったが、このこと以上にケントの抗議の辞任が衝撃をもたらした理由は、ケントがトランプの岩盤支持層=MAGA(Make America Great Againの略)だったことだ。ケントは米陸軍特殊部隊の元兵士で、イラク戦争を含め11回の戦闘派遣を経験している。最初の妻シャノン・ケントは米海軍の暗号技術者であり、2019年にシリアで自爆攻撃を受けて死亡した。戦場の悲惨さをよく知るケントが、「米国第一」を掲げて、中東での「終わりのない戦争」に従事してきた歴代政権を批判し、国内政治への注力を説いたトランプの支持者となったのは自然なことであり、そのケントが、「米国第一」を捨てて、海外介入へとのめり込んでいったトランプに裏切りを感じたのも自然なことだった。  さらにケントの公開書簡で論争を呼んだのが、「イスラエルとその強力な米国のロビー団体の圧力によって、我々がこの戦争を始めたのは明らかだ」という一文だった。実際、イラン攻撃決定までの過程でイスラエルのネタニヤフ首相が果たした役割は甚大だった。昨年末、トランプ大統領とネタニヤフ首相はフロリダで会談を行い、その場で、核開発を進めるイランは最終的に叩くしかないとの結論に至っていた。2月23日、ネタニヤフからトランプに電話が入り、2月28日にハメネイほか、軍や革命防衛隊の幹部らが一堂に集結する機会があるとの情報が提供され、攻撃する日が決まった。  ケントの主張に対しては「陰謀論」、さらにはイスラエルをスケープゴートにした「反ユダヤ主義」との批判も投げかけられている。確かにケントはこれまで、2021年1月6日の連邦議会襲撃事件にFBIが関与していた可能性を示唆したことや、2016年の米大統領選にロシアが介入したとする見方を「デマ」と斥けたこともある。しかし開戦の経緯に照らして、「イスラエルとその強力な米国のロビー団体の圧力によって、この戦争を始めた」という彼の主張は、陰謀論と一蹴できない真理性を持っている。米・イランの核交渉を仲介したオマーン外相バドル・アルブサイディも異例の寄稿に踏み切り、トランプ政権にイラン攻撃を執拗に呼びかけ、戦争に踏み切らせたのはイスラエルだと断定し、「自国の外交政策を統制できていない」米国の現状を痛烈に批判している。  「イラン戦争は米国の戦争ではなく、イスラエルの戦争だ」というケントの主張は、米国内でも多くの共感を呼んでいる。世論調査では、「この戦争は米国の利益になる」と感じる人よりも、「この戦争はイスラエルの利益になる」と感じる人の方が多い。イラン攻撃への米国民の支持は、攻撃前も、ハメネイ殺害という軍事的な大成功を収めた後も、3割程度でほとんど変わっていない。3割という数字は、ベトナム側に300万人、米兵に5万人超の犠牲を出したベトナム戦争の撤退時の支持率と同等で、歴史上の米国による軍事作戦と比べても際立って低い。その後戦争が長期化し、ホルムズ海峡の実質的な封鎖により原油価格が高騰し、米国のガソリン価格にも影響する中で、米国民の間にはいよいよ「これは米国の戦争ではない」「イスラエルの戦争だ」、さらには「ネタニヤフの戦争だ」との不満も高まっている。  日本の世論も明確に、米イスラエルの攻撃への不支持を表明している。3月18日の日米首脳会談の前に行われた朝日新聞の世論調査で、米国のイラン攻撃について「支持しない」は82%に達した。高市首相はイランの報復攻撃を批判する一方で、米イスラエルの先制攻撃については「法的評価を差し控える」としたが、首相の姿勢については「評価しない」は51%で、「評価する」の34%を上回った。  目下国際社会、とりわけ中東にエネルギーを大きく依存する日本にとっての懸案事項は、イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖だ。イラン攻撃前夜、米情報機関や制服組はイランを不用意に攻撃すれば、ホルムズ海峡封鎖に出る可能性があると警告していたが、トランプ政権は十分な準備や他国との調整もなくイラン攻撃に突き進み、海峡の封鎖という事態を招いた。事態を打開できないことへの苛立ちを強めるトランプは、米海軍ですら任務を躊躇うほど危険な状況にあるホルムズ海峡へ、同盟国ならば艦船を派遣せよとの要請を強めてきた。日中関係の悪化が長期化する中、対中抑止を維持するために米国にますますものを言えなくなっている日本では、いかなる対応が可能か必死の検討が進んだ。  日米首脳会談の場でも艦船派遣は議題にはなったが、高市首相は「できることとできないこと」をトランプに伝え、艦船の派遣はできない旨について、トランプから一定の理解を得たという。茂木敏充外相によれば、高市首相はその際、憲法九条にも言及したという。首相は改憲に意欲を見せてきたが、日本にとって重要な同盟国である米国がますますむき出しの力を行使し、他国に不合理な被害を与え、同盟国に不合理な要請を突きつける国になっている「現実」においてこそ、発揮される憲法の意義や価値もある。改憲によって米国による不合理な要請を拒絶できなくなり、なし崩し的に米国の単独行動主義に付き合わされることがないよう、今回の経験も今後の憲法議論や日米関係へと生かされるべきだろう。  なお、日米首脳会談後のインタビューでトランプは、「日本は憲法上の制約があるが、米国が要請すれば(艦船派遣などを)やってくれるだろう」と、日本の憲法上の制約すら乗り越えようとする姿勢を示している。今後、そうした要請が突きつけられたとき、高市首相はこれまで控えてきた米イスラエルの軍事行動に対する国際法上の評価の問題も突きつけられることになる。(みまき・せいこ=同志社大学教授・アメリカ政治・外交、国際関係論)