2026/02/27号 6面

「読書人を全部読む!」(山本貴光)

読書人を全部読む! 山本貴光 第21回 人類が月に行くまでどのくらい?  さて、少し寄り道をしてイギリスの書評紙『タイムズ文芸付録(TLS)』を眺めてみた。本紙に戻ろう。本連載の第17回「ようこそ、宇宙世紀へ」で、「読書人」1959年1月12日(257号)の宇宙関連の記事に目を向けてみた。米ソが宇宙開発競争を繰り広げ始めた時期で、人工衛星の打ち上げが話題になっていた頃である。同号の「自然科学」面もそんなご時世を反映してだろう、荒正人(1913-1979/46/評論家)が、専門家に向けて宇宙旅行についての6つの問いを提示する記事が載る。では、この問いに識者たちはどう答えたのか。それをまだ見ていなかった。  質問が提示された次の号、1月19日(258号)のやはり「自然科学」コーナーに、「宇宙旅行をめぐる荒氏の質問に答える」と題した記事がある。回答するのは、東大生産技術研究所の糸川英夫(1912-1999/47)、宇宙旅行協会の原田三夫(1890-1977/69/科学評論家)、「自然」編集長の小倉真美(1907-1967/52)のお三方で、記事冒頭には例によって各人の肖像写真も掲げられている。  回答を載せた記事が思ったより短いのは、回答を編集部で要約・引用しているからだろう。かいつまんで見ておこう。質問1は月ロケットはいつごろ実現するか。原田は「月にぶつけること、月をまわって地球に帰ってくることは年内に出来るだろうが、月に軟着陸させるには一、二年はかかる」と答えている。一口に月までロケットを飛ばすといっても、どんな状態かによるというわけだ。そうか、着陸の手前にまずは衝突でもいいから月に到達するというステップがあったのだと、いまさらながら気がつかされる。  次の質問2は有人の月ロケットが地球と月を自由に往復できるようになるにはどんな段階を要するか。人を乗せたロケットは、途中で燃料補給が必要だと見る原田と、月からの帰路の燃料は往路の半分で済むから補給は不要という糸川の見立てが食い違っていて面白い。実現まで早くて5年、遅くとも15年後と答えるのは原田、5年から10年くらいとは糸川。それぞれの数字の根拠も知りたいところだが、そこまでは書かれていない。  質問3はアメリカのロケット技術がロシアに追いつくにはどの位かかるかで、これは飛ばして次の質問4を見てみたい。質問は、ロケットが火星や金星、太陽系外恒星まで行く可能性はいかに。原田、糸川ともに人が乗らないロケットが火星や金星に行くのは年内から再来年にはと答えている。実際にはこの記事の翌年、1960年から米ソが火星探査の試みに着手しているものの、さまざまな失敗が続き、火星着陸の初成功は1971年になってからだった。  目を惹かれるのは同じ質問4への回答での原田の次のコメント。「一九九〇年位までには月への大量移民がはじまるといわれるが、火星、金星に行けるのは来世紀の話。他の恒星に行けるというのは空想小説の領分だ」。月への大量移民はまだだが、火星への移民について現実味のある検討が進んでいるところ。  あれ、小倉さんが出てこないぞと思った向きは、次回に請うご期待。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)