日本中世史
櫻井 彦
室町・戦国期研究は本年も、前川祐一郎『室町戦国法史論』(東京大学出版会)、河村昭一『守護斯波氏の分国支配機構』(戎光祥出版)、伊藤拓也『戦国大名の領域支配構造』(同成社)のほか、遺跡の分析から村落形態の変遷過程の復元を試みた永越信吾『中世東国の集落遺跡』(高志書院)や、商人の視点から動乱期を描く川戸貴史『商人の戦国時代』(筑摩書房)などがあり活発だった。とくに来年の大河ドラマの影響から黒田基樹『羽柴秀長とその家臣たち』(KADOKAWA)、福田千鶴『豊臣家の女たち』(岩波書店)、本郷和人『豊臣の兄弟』(河出書房新社)、天野文雄『能に憑かれた権力者』(法藏館)、谷徹也『豊臣政権の統治構造』(名古屋大学出版会)など、豊臣秀吉や弟秀長を様々な角度から分析した成果が蓄積された。今後も多くの研究成果が発表されるであろうことを考えると、秀吉研究の古典とされる桑田忠親『豊臣秀吉研究』(KADOKAWA)が上下巻として、各巻に解説が付されて復刊された意義も大きいだろう。
また、地域社会を視野に入れた研究も盛況で、勝山清次『中世伊勢神宮の形成と地域社会』(塙書房)や鈴木将典『中近世移行期の大名権力と地域社会』(戎光祥出版)を得たほか、地域史研究の立場から楠木正成に迫った堀内和明『悪党の系譜』(尾谷雅彦編、批評社)などがあった。春田直紀編『中世地下文書論の方法と実践』(勉誠社)はすでに二冊刊行されている、荘園制の枠組みに規定されて集積・伝来してきた「地下文書」を対象とした論文集。これまで様式や機能といった枠組みに押し込められてきた古文書は、現地で利活用される様子が明らかにされることで、生気を吹き込まれて躍動感が与えられた。
ひとつの史料群を分析した成果には、中世を通して政治の中枢にあった公家広橋家が残した「広橋家文書」を素材として、公家社会の様相を描いた家永遵嗣・田中大喜編『中世公家の生活と仕事』(同成社)もあり、各時代の公家日記の特徴を知る手がかりとなる。シリーズ「中世の日記をひらく」(臨川書店)の刊行が始まったことと合わせて、日記研究や日記を素材とした研究が進展するだろう。さらに長野市の真田宝物館所蔵資料の来歴や意義を明らかにする原田和彦『「真田家文書」を読む』(雄山閣)や、米沢市の上杉神社が所蔵する上杉景勝が明朝から下賜された冠服などから、対外関係史・服飾史に迫る新宮学編『上杉景勝と明の冠服』(吉川弘文館)など、多様な史料群が分析対象となった。なお、対外関係史の成果として中島楽章『琉球王国の南海貿易』(吉川弘文館)があったほか、服飾史に関連して近藤好和『装束と武具の有識故実』(吉川弘文館)や倉本一宏監修・承香院[奥川一臣]著『装束』(臨川書店)を得た。服飾同様生活に直結した対象として住居に着目した仕事に天野ひろみ『王朝物語における居住空間』(文学通信)、庭園史の視点から寝殿造における公家の動線を考察した山澤清一郎『沓脱の変遷と役割』(淡交社)などもあった。さらに絵画資料の描かれ方と構造を分析し、いかに教材として有効に活用するかを論じた井上泰『〈絵語り〉の日本中世』(勉誠社)などもあり、文献資料に留まらず様々な素材が分析されて、本年も多角的な中世史研究が進展したと言えるだろう。(さくらい・よしお=宮内庁書陵部図書課主任研究官・日本中世史)
