ライブハウス・スタディーズ
宮入 恭平編
生井 達也
ライブハウスに行ったことがないという知人が私のライブを見に来てくれることになった。その人は不安そうな顔で「服装の決まりとかってありますか」と尋ねてきた。
二十年以上、当たり前のように出入りしてきたライブハウスが、そこに足を踏み入れたことのない人にとっては、かなり未知の場所であることを改めて思い知らされた。ライブハウスとは、どのような場所なのか。そこには、どのような人びとがいて、何が起きているのか。本書『ライブハウス・スタディーズ』は、この素朴だが答えにくい問いに複数の角度から迫る論集である。
もちろん、本書は単なるガイドブックではない。序章では、ライブハウス像が多様化しているにもかかわらず、コロナ禍には「ライブハウス」が一括りにされ、批判の対象になったことが問題の出発点として示されている。誰もが何となく知っているようでいて、その内実は十分には共有されていない。そのズレを手がかりに、各章ではライブハウスという空間を具体的な現場から捉え直そうとする。
第1章では、バンドを組み、練習スタジオを借り、ブッキング担当者とやりとりし、告知するといった、ライブハウスでの演奏だけを見ていてはわからないバンド活動の積み重ねを社会的な行為として分析する。続く第2章は、ライブハウスを中心に形成されるバンドマンたちの共同体と、その内部に生じる不均衡に目を向ける。近年増えている、ライブハウスを主な活動場所とするアイドルを対象とした第3章からは、ライブハウスがバンドマンだけの場所ではないことが見えてくる。
女性シンガーソングライター(SSW)の経験を扱う第4章は、彼女たちに対して知識をひけらかしたり、過度な交流を求めたりする「SSWおじさん」の事例などから、ライブハウスにおけるジェンダーの非対称性を検討している。クラブ文化を対象とする第5章では、日仏のクラブにおけるジェンダーに基づく暴力の実態と、それを防ぐための取り組みが論じられる。第6章が焦点を当てるのは、ライブアイドルの男性ファンである。そこでは、ファン同士がお互いの居心地の良さを配慮しながら築かれる親密性の在り方が論じられ、同時に、男性規範が抱える問題も検討されている。
第7章は、現場の音響システムに携わるPAエンジニアの専門的な仕事を、ライブハウス文化を支える条件として捉えるとともに、これまで十分には語られてこなかったその過酷な労働環境にも目を向ける。第8章では、既存のライブハウスをめぐる歴史観の偏りが指摘される。そのうえで、音が鳴らされた記憶と向き合い、ライブハウスをより広い音楽実践の場として捉え直す挑戦的な試みが展開される。このように各章が提示する多彩な問いを通して、ライブハウスが持つ研究対象としての広がりが明らかにされている。各章の間に挿入されている「コラム」では、執筆者それぞれのライブハウスとの付き合い方が綴られており、「どんな人が書いているのか」を想像しやすいことも本書の魅力の一つである。
本書は、ライブハウスに馴染みのない読者にとって、その実態を知るための格好の手引きになる。学術的にもライブハウスについて何か決定的な答えを出すというより、ライブハウスを対象にしてどのような問いを立てうるのかを示す一冊となっている。
それだけに、ライブハウスを「文化」として語るときの前提については、なお考えてみたくなる。終章では、ライブハウスを文化として見るのか、文化産業として見るのかという問いが立てられ、両者を単純な二項対立ではなく、グラデーションとして捉える必要があると論じられている。しかし、本書で取り上げられた具体的な現場から見えてくるのは、文化/文化産業、芸術/経済活動という区分そのものを乗り越えていくような「生きられた」人々の姿ではないだろうか。読み終えて浮かび上がるのは、一つのライブハウス像ではなく、ライブハウスという言葉で束ねられてきた実践の多様さ、複雑さである。本書の意義は、ライブハウスをめぐる通念を問い直し、その多面的な姿を描き出している点にこそあるはずだ。(なまい・たつや=国立民族学博物館外来研究員・文化人類学・社会学)
★みやいり・きょうへい=社会学者・大学講師・ポピュラー文化研究。
書籍
| 書籍名 | ライブハウス・スタディーズ |
| ISBN13 | 9784779519369 |
| ISBN10 | 4779519365 |
