読書人を全部読む!
山本貴光
第20回 毎週うれしい悲鳴をあげる
ときどきは『週刊読書人』以外の書評やその歴史についても覗いてみようというので、前回はイギリスの週刊書評新聞『タイムズ文芸付録(TLS)』に触れたところだった。私がこういう書評紙があると知ったのは、丸谷才一や山口昌男のエッセイを通じてだったと思う。その頃は、いまのようにネットで検索すれば情報が手に入るという時代ではなかったので、そうした示唆は宝のありかを教えてもらえる得難い機会でもあった。
それで、いつか実物も見てみたいなと思っていたところ、あるとき洋書を扱う書店の雑誌コーナーで目にすることができた。その一角には、他にもLondon Review of Books、New York Review of Booksなどの書評紙、フランスのLire、magazine littéraireといった雑誌(両紙は後に合併)もあって、こうした場合の常として気になる雑誌や新聞をしばらく読んでみたりした。中でもTLSは気に入って購読を続けている。
どこがどう気に入ったのかを言葉にするのは難しいのだけれど、一つにはやはり扱われる本の幅がある。現在のTLSのウェブサイトに示されている記事の分類項目をみてみると、芸術、古典、文化、歴史、言語&言語学、文学、生活、哲学、政治&社会、特集、宗教、科学&技術、世界といった言葉が並んでいる。並びは英語表記のアルファベット順なので、日本語でこのように並べるとちょっと変な感じがするかもしれない。
また、それぞれの分類項目の下には、さらに細かい分類もある。例えば、「科学&技術」の下には、環境、数学、医学、博物誌、自然諸科学、技術と、これもまた英語のアルファベット順に並ぶ。どれかを選べば、バックナンバーに掲載されたその分野の書評が並ぶという仕組みで、シンプルながら使いやすく工夫されている。私としては、昨今の日本の書評では取り上げられることの少ない「科学&技術」分野の本が一項目になるくらいに扱われているのはうれしい。それも含めて、取り上げられる本の分野が多様である様子を感じていただけるだろうか。
扱われる本の種類ということでは、言語についても触れておきたい。TLSはイギリスで発行されている英語の新聞だけに、基本的には英語で刊行された本が中心を占める。他方で、頻度としては少なめではあるものの、英語以外のヨーロッパの諸言語で書かれた本の書評も載る。
例えば、2025年7月25日号にベン・ハッチンソンという同紙のドイツ担当編集者が執筆した「ポスト-イット・ノート 接頭辞は私たちを過去に閉じ込めるのか」という書評がある。これはドイツの哲学者ディーター・トーマの『ポスト-:ある接頭辞への追悼』(POST-. Nachruf auf eine Vorsilbe, Shurkamp, 2025)を評したもので、つまりドイツ語で刊行された本を論じた書評だ。
「ポストモダン」「戦後」というふうに、過去を「ポスト〜」「〜後」と区分するのはお馴染みの言葉遣いだが、トーマは同書で、この接頭辞(Post-)が私たちの歴史の見方にどのような影響を与えているかを批判的に論じている。ということをその書評で教えられ、その文章を読み終えるとともに紀伊國屋書店ウェブショップに注文取り寄せをしたのだった。そう、毎週TLSを読むつど読みたい本が増えてはうれしい悲鳴をあげており、これが読み続けている最大の原因かもしれない。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)
