2025/05/23号

マルクス主義の革新

マルクス主義の革新 ミヒャエル・ブックミラー編著 西角 純志  「マルクス主義研究週間」は、1923年テューリンゲン州、ゲーラベルク(イルメナウ北西に位置する)で聖霊降臨祭の5月に開催された。リヒャルト・ゾルゲが1923年5月9日付の「招待状」をメンバーに出したことに始まる。カール・コルシュとフェリックス・ヴァイルが音頭を取り、経済学者クルト・アルベルト・ゲルラッハの元助手ゾルゲがフランクフルト社会研究所の将来の活動を議論する「マルクス主義研究週間」の招待者となった。主要テーマは深化する社会危機とその克服であった。エードゥアルト・ルートヴィッヒ・アレクサンダーが「現下の危機問題への対処法」について語り、次にルカーチとコルシュの「方法問題」に関する報告が続き、出版されたばかりのルカーチの『歴史と階級意識』とコルシュの『マルクス主義と哲学』の草稿をめぐって議論がされた。その後フォガラシが「マルクス主義研究の組織問題」について報告した。  2023年は、「マルクス主義研究週間」のちょうど100周年にあたる。そして、2023年に向けて「マルクス主義研究週間100周年プロジェクト」が企画された。その目的は、「研究週間参加者たちが書いたマルクス主義論を、目下大学で進められている研究プログラムへの取り込みから解放し、純粋の思想的伝統墨守から解き放つこと」である。この企画は、「ローザ・ルクセンブルク協会」と「労働と生活」の援助を受けたものであるが、その中心となったのが『コルシュ全集』編者のミヒャエル・ブックミラーである。  本書はカール・コルシュに焦点を当てながらも5本の講演録で構成されている。講演「マルクス主義の革新 マルクス主義研究週間と批判的社会科学の構築」(ミヒャエル・ブックミラー)、「身体商品と商品体 ルカーチ・ジェルジの物象化論のアクチュアリティー 『歴史と階級意識』より」(ヴェルナー・ユング)、「『歴史と階級意識』と『マルクス主義と哲学』比較試論」(ミヒャエル・ブックミラー)、「男性マルクス主義者のみか?ゲーラベルクのマルクス主義研究週間における女性たち」(ジュディ・スリヴィ)、「社会研究とスパイ活動との関連について リヒャルト・ゾルゲとヘーデ・マッシング」(ウーヴェ・ロスバッハ)である。「序」と「展示」では、マルクス主義研究週間100周年企画の趣旨や、コルシュの足跡が紹介されている。コルシュは、1886年、裁判所の司法書記官を経て銀行支配人となった父のもとに生まれ、イェーナ大学にて法学博士号取得後、ドイツ社会民主党に入党。ロンドンに滞在しフェビアン協会青年組織に加入したが、大戦勃発により帰国。1919年には独立社会民主党に移り、1920年にドイツ共産党に入党する。そして、1923年の5月「マルクス主義研究週間」に参加する。同年10月16日から11月12日までテューリンゲン州の社共連立政権の法務大臣を務め、翌年ドイツ共産党の国会議員に選出される。党内左派の立場を鮮明にし、1924年のコミンテルンの第5回大会ではルカーチと共に「極左派」という批判を受け、コルシュは共産党から除名処分を受ける。その後は無党派のマルクス主義者としてベルリンでマルクス主義研究サークルを主宰し、左翼反対派を率いるとともに理論研究に従事。ブレヒトやベンヤミンとも交流があった。ヒトラー政権樹立後、英国に亡命。1935年、デンマークのスヴェンボルに亡命していたブレヒトの家に滞在した。1936年末に米国にわたり、戦後も1961年に亡くなるまで同地に留まった。  評者は、コルシュの思想の現代的意義は彼独自の「社会化論」にあるとみている。1918年から1919年にかけてのドイツ革命においてドイツ共産党がドイツ社会民主党に敗北した原因の一つとして「ドイツ社会化運動」が挙げられる。「ドイツ社会化運動」とは、第一次世界大戦の敗北と11月革命の危機的な状況に対応して、全ての階級・党派が資本主義の根本問題をめぐって展開した運動である。資本主義から社会主義への過渡期が到来し、この時期の「社会化」とは、これまでとは全く異なった意味をもって登場した。つまり「社会的になる」という意味ではなくて、「社会主義化する」ということを意味していた。すなわち、「生産手段の社会化」である。ワイマール期ドイツ資本主義、さらには現代資本主義の諸問題の解明にとって極めて興味深い内容を提示している。社会民主主義者の社会化構想こそが、社会化運動において提示された種々の社会化構想の中心に位置するものである。この時期、コルシュは講壇社会主義者ローベルト・ヴィルブラントの助手としてカウツキーが率いた「社会化委員会」で活動している。コルシュは、社会民主党が自由経済の実践の固執によって社会化の可能性を閉ざしているのを見て取り、1919年の中頃に社会民主党を脱党して独立社会民主党に加入している。そして社会化論を構想するのである。パンフレット『社会化とは何か』(1919年)を始めとする主要な論文がこの時期に書かれている。 コルシュは、「社会化」によって資本制生産関係を廃棄することを次のように考えていた。第1には資本と賃労働の対立という視点から資本主義社会の矛盾を捉えるだけではなく、生産者と消費者との対立を廃棄することである。第2には産業民主主義の構想である。すべての産業部門において勤労に従事する経営体の構成員による共同体、彼ら自身が決定する機関によって、直接支配権と管理権をもつという思想である。制度としては「産業労働者評議会」を想定していた。第3には「社会・文化革命」のテーマを掲げ、社会化の課題を肉体労働と精神労働との間の分業の廃棄であると規定している。こうしたコルシュの社会化構想は、「ドイツ社会化運動」にかかわるコルシュ自身の「実践」の中で生まれたことは特記すべきである。コルシュの社会化案が意図しているものは、危惧される官僚主義の画一化と硬直化を、企業自身のイニシアティブを強化するとともに、「自治」を企業に所属する全ての者に拡大することによって防止し、市場による生産規制を民主的な需要計画に置き換えることである。  コルシュの「社会化論」は、今日の「人新世の資本論」という時代においても有益な論点を提示している。「社会化」は、資本主義の矛盾を克服し、持続可能な社会を構築するための鍵となるからである。資本主義がもたらす環境破壊、格差の拡大、パンデミックなどの危機を克服するためには「社会化」が必要不可欠である。それゆえ、経済活動の公共化や資源の共有などを通じて、市場や国家に依存しない生活の実現を目指すことを考えなければならない。資本主義の市場原理に頼るのではなく、人々が共に協力し、資源を共有し、互いに助け合う社会を構築すべきなのだ。市場や企業に任せるのではなく、社会全体で共有し、管理していくということが重要である。本書を一読して感じたことは、コルシュの社会化論は、資本主義の諸矛盾に対する解決策を既に提示しているということである。それゆえ、コルシュは時代を先取りする思想家の一人であるといってもよい。(青山孝德訳)(にしかど・じゅんじ=専修大学講師・社会学・社会思想史)  ★ミヒャエル・ブックミラー=政治学者・元ライプニッツ大学(ハノーヴァー)教授。カール・コルシュ全集編者。

書籍