読書人を全部読む!
山本貴光
第23回 昔の雑誌を知る楽しみ
昔の新聞を読む楽しみはいろいろあるけれど、なかでもうれしいことの一つに、その当時発行されていた雑誌のことを教えてもらえる機会がある。ここでは「読書人」を創刊号から余さず読むということをしており、目下はまだ1959年はじめ頃にいる。今回は第260号(2月2日)を覗いてみよう。
同号第2面に「「思想の科学研究会」の年輪――〝サロン趣味〟から〝大衆啓蒙〟への道」という記事がある。いまはなき雑誌『思想の科学』に関する記事だ。執筆は「本紙・斎藤 記者」。全体は「苦難の歴史」「分科会」「雑誌の反響」と大きく3つのパートから成る。
最初のパートは、同誌の軌跡が整理されている。『思想の科学』は、1946年5月に「思想の科学研究会」によって創刊された雑誌で、「読書人」同号の時点では創刊から十余年を経たところ。これは先取りして書いてしまうと、その後1996年まで何度か形を変えながら続いた。創刊時のメンバーは、武田清子、武谷三男、都留重人、鶴見和子、鶴見俊輔、丸山眞男、渡辺慧の7名(煩瑣になるので生没年等は省略)。「読書人」の記事では、戦時中に鶴見祐輔(1885-1973)が創設した「太平洋協会」に集った「知米知識人」が元になったと記している。「コミュニケーション、大衆小説の分析」など、「それまでの日本の思想界になかった新しいジャンルを初めて切り開いた」という当時の評価も紹介されており、そうした評価の当否とは別に、同時代人の目にどう映っていたかを伺える証言はありがたい。詳細は省くが、版元を変えながら第2期、第3期と変遷した様子や、そのつどの中心メンバーも細かく記してある。
また、同研究会の当時130名の会員らがつくった本は、研究会という形の共同作業を通じて編まれたものが多く、そうした「分科会」の具体例も詳しく紹介されている。この記事の当時、『共同研究 転向』(全3巻)の上巻が出たところで、同書をつくった「転向研究会」(1954年創設)の例から、「思索の方法の会」「論理学共同研究会」「記録の方法の会」「記号の会」「小集団研究会」「戦後史研究会」など、活発な分科会活動が行われた様子も垣間見える。
面白いのは「雑誌の反響」のくだりで、1959年1月17日に開かれた「思想の科学研究会」の臨時総会から出席者らの発言を拾っているあたり。鶴見和子の「谷川雁「工作者の論理」のような論文がこの雑誌にのるようなら、会にとどまっていいとさえ感じた。亜流が育つ危険はあるが、学者先生の中に、谷川氏のような乱暴者が入るという文脈なら大変いいと思う」という含みの感じられる発言が印象に残る。
思えば『思想の科学』は、これまでバックナンバーを一部読んだきりだった。この記事に触れて、通巻で539冊あるという同誌を創刊号から時代を追って読んでいったら面白いだろうな、と性懲りもなく思い浮かぶ。まずは『思想の科学総索引 1946-1996』(思想の科学研究会、1999)を眺めることにしよう。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)
