2026/04/03号 5面

「映画を楽しめない専門家たち」(ジャン・ドゥーシェ氏に聞く)431(聞き手=久保宏樹)

ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 431 映画を楽しめない専門家たち  HK ボローニャ映画祭は、現在の映画祭には残っていない〝骨董品〟のよう雰囲気を持っているということですか。  JD はい。映画だけではなく、映画祭も大きく様変わりしました。今日の大半の映画祭は、ビジネスマンの集まる場になっています。かつての映画祭には、映画関係者の交流の場としての雰囲気がありました。同様に、映画館も大きく変わってしまった。例えば現在のシネマテークには、スクリーンの下に舞台があります。以前のシャイヨ宮のシネマテークにはなかったものです。そして、映画監督などのゲストが来た際には、その舞台の上で作品紹介をしています。そこには、ちょっとした傲慢さがあると思います。私はその舞台が嫌いです。舞台の上に登って話をすることはしません。あたかも「自分は観客よりも上の立場にいる」と誇示するようだからです。私は、そうしたことはしたくない。観客たちの座席と同じフロアで、彼らを目の前にしてやりとりすることにしています。  HK カルティエ・ラタンなどの映画館は、そもそも部屋が小さいこともあって、舞台はありません。シネクラブ文化は、本来的にそうした舞台とは別のところにあるのかもしれませんね。  JD 当然です。ラングロワが私と同じようにシネクラブの活動を行なっていましたし、ロメール、バザンなどもそうです。舞台がなかったというのも理由ではありますが、それよりも、観客よりも上の目線で話すことなど、私たちには考えられなかった。仮に舞台の上に立ち聴衆とやり取りするのであれば、それはシネクラブではなくて、大統領や大学教授の行なう質疑応答のようになってしまう。それでは面白い対話はできません。  観客からの質問は、おおよそは的を得ないものです。何を言っているかわからないことが、しばしばあります。フランス人はおしゃべりなので、たいして話すことがなくても、発言をしたがるのです。しかしながら、そこには何か面白いものがあります。映画を見て何を感じるかは、観客の仕事だからです。映画を通じて何を見て何を感じるかは、それぞれの観客の自由です。それが芸術の面白いところです。法律書や科学のようにして、絶対の基準がないからです。芸術は、時代が変われば見方も変わるし、地域が変われば異なる見方が必然的になされます。日本人がフランス映画を見る時と、フランス人がフランス映画を見る時では、同じ見方にはなりません。その反対も然りです。ひとりひとりの観客は異なる背景を背負って人生を歩んできているので、個人個人の見方も当然異なります。映画の観客に関して、そうした事実を無視するべきではない。  ですから私は、映画の見方を強制するような人々に関して、あまりよくは思っていません。それこそがまさに、映画を舞台の上から一方的に映画の話をしようとする態度だからです。学者や最近の批評家は――さらには映画監督でさえ――舞台の上から何かを一方的に伝えようとしている。  HK 裏を返せば、映画が博物館化したのだと思います。一九九〇年代の終わりから問題になっていたと思います。映画が、現在的なもの、絶対的なものではなくなり、二〇世紀の芸術として過去のものとなってしまった。  JD それは、テレビの到来など諸々な理由があったと思います。九〇年代は、すでに手遅れになっていた時期であり、映画が力を失い始めたのは、それ以前のことです。七〇年代には、その流れが始まっていた。アメリカ、イタリア、日本などで、大手スタジオの映画が機能しなくなっていました。これは事実であり、避けることのできない問題です。演劇、小説、絵画なども同じ歴史を辿ってきたのです。しかしながら、現在の大きな問題は、映画をそもそも楽しめていない専門家が増えていることです。彼らは、資料や歴史の紹介だけをしています。映画には興味がなく、学問の世界における自分の立場などしか考えることができていない。観客たちが、彼らの話に本当に興味があるか、私にはわかりません。おそらく興味はなく、知識がないから耳を傾けているだけだと思います。話を聞いて理解すれば、彼らも興味など持たないはずです。     〈次号へつづく〉 (聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテークブルゴーニュ)