- ジャンル:翻訳小説
- 著者/編者: ジョルジュ・シムノン
- 評者: 田中庸介
ラクロワ姉妹
ジョルジュ・シムノン著
田中 庸介
『メグレ警視』シリーズで有名なジョルジュ・シムノンの『ラクロワ姉妹』は、作家の瀬名秀明氏が東宣出版で企画している「シムノン ロマン・デュール選集」の一冊である。シムノンがいうところのロマン・デュール(硬い小説)とは、サスペンスもの以外の創作シリーズの総称ということだ。たしかにその内容は、サスペンスというより、閉鎖された家族空間がゆっくり腐敗していく過程を描いた、きわめて陰鬱なものである。
小説の主要な登場人物は、三階建ての家にすむラクロワ姉妹とその三人の子供らである。姉ポルディーヌは未亡人であり、妹マチルドのほうはパートナーの画家エマニュエル・ヴェルヌとともに暮らしているが、この画家、実は姉とも不倫して、その子ソフィーをもうけさせたのだということが、しだいに明らかになってくる。
また、妹マチルドの下の子、ジュヌヴィエーヴには霊感がある。彼女は突如として謎の病気で歩けなくなり、だんだんと弱っていく。姉ポルディーヌは、一家の食事に供されるスープにヒ素が入っているのではないかと疑い、薬剤師に頼み、実際にその痕跡を認める。その後、なおも自分で試験管を振り、ヒ素の検出を試み続ける。
すべての人々が、閉鎖的な空気の中で、互いを疑い、憎しみ続け、心理的に陥れあい、復讐し続ける。自らの死ですら、他の家族に対する復讐となることを十分にわかっている。
「指に棘が刺さると、肉が反応して異物を追い出そうとする。そうだな、僕がラクロワ家の棘だったわけだ。僕だけじゃなく、僕の子どもたちも……。」
と夫のエマニュエル・ヴェルヌは言う。この女系のラクロワ家にあって、この画家の異物性は、画家自身をも壊していったようだ。
この蟻地獄のように湿ったトラップの中に、医者、キュレーター、婚約者などが墜ち込んでいく。そして生と死、欲望と憎悪が絡み合った退廃的な精神世界をさまようこととなる。しかし作者の筆致はあくまでも乾いており、文章の艶というより、ストーリーを積み上げることで、出口のない《家》というこの世界の恐ろしさを描いていく。
ところが、ここまでさまざまな破綻が生じても、ラクロワ家そのものの構造はまったく傷つかない。そして、その中で人々は永遠に憎しみあって過ごしていく。ポルディーヌはキュレーターのジョニー氏を「浅ましい好色家」であるとして嫌うが、「ただソフィーのほうも、ほぼ似たような目で、どことなく感謝するように彼を見ていることは事実だった」。マチルドもそのことには気づいていたが、「彼女は自分の闘いで手一杯だった。彼女は常に思い込みを、執着するものを必要としていた。愛を新たな愛に置きかえる者がいるように、彼女は憎しみを新たな憎しみに置きかえた。」
ラクロワ家は、おそらくカルトのような自己増殖的な装置である。人を巻き込みながら貪欲にその系譜を維持し、そのことが閉塞感に満ちた甘いトラップを形成していく。実はこのようなトラップは、こと家庭にとどまらず、職場、企業、国家というような、ある属性をもった社会単位においても、それが内向きのベクトルにとらわれ続ける限り、容易に起こり得ることではないだろうか。
しかしその中にあっても、不倫の子であるソフィーと、ジュヌヴィエーヴの兄のジャックは、反=ラクロワ的な画家エマニュエルの異物性をもっともよく受け継いでいる。それゆえ彼らの明るさには、一片の救いがある。性的に放恣なソフィーは、パリへの旅行の間にジョニー氏と恋仲に墜ちるとともに、ジャック一家らとその家の一階で「馬鹿騒ぎ」を繰り広げ、ラクロワ姉妹の眉を顰めさせた。姉妹は、これはエマニュエルの持っていたアーティスティックな奔放さによる、ラクロワ家への《復讐》ではないかと恐れる。だが、そのような反=ラクロワ性さえも、あらかじめ定められたラクロワ的な装置の一部であるのだ。
本作のもっとも深いカタルシスは、実はそのラクロワ家の自己免疫性にある。シムノンはこの小説で、階下の《パーティー》という異物の作り出すノイズこそが、日常世界の閉鎖性に抗って生をつなぎうる数少ない力の一つだと言っているように思われる。そしてそれは、小説や文芸という営みそのものが、この世界において果たしうる役割を、静かに示しているようでもある。(瀬名秀明監修・伊藤直子訳)(たなか・ようすけ=詩人)
★ジョルジュ・シムノン(一九〇三―一九八九)=ベルギーのリエージュ生まれの作家。十代半ばから地元紙の記者として活動。一九三〇年に《メグレ警視》シリーズの第一作を新聞連載、翌年から書き下ろしでシリーズ長篇を毎月刊行し、人気作家となる。
書籍
| 書籍名 | ラクロワ姉妹 |
| ISBN13 | 9784885881206 |
| ISBN10 | 488588120X |
