金田一耕助の間取り
木魚庵文・本間 至絵
山口 直孝
『八つ墓村』や『犬神家の一族』の舞台が豪邸であることは、横溝正史の愛読者だけでなく、誰でも知っている。しかし、屋敷の広さを問われると、どうか。映画やテレビドラマは、参考にならない。『八つ墓村』の場合、奉公人たちの住まいがあり、複数の藏を置く田治見家の敷地は、三千坪を下らない。西洋風、日本風の庭に加えて菊畑まである犬神佐兵衛の本宅も、現代人には想像しがたい豪勢さである。
本書は、名探偵金田一耕助が活躍するシリーズの中から十五作品を選び、背景となった家や施設を詳細に紹介する。解説担当の「金田一耕助勉強家」を自称する木魚庵は、正史について屈指の知識を誇る。図面を手がけたのは一級建築士の本間至であり、精密でありながら柔らかで淡彩画風のイラストが楽しい。雑誌『建築知識』の十五か月にわたる連載を、フルカラーでまとめた贅沢な一冊である。
金田一耕助が最初に手がけたのは、一九三七年に起きた『本陣殺人事件』。参勤交代の際に本陣を務めた名家一柳家で、当主の結婚式の晩に殺人事件が起こる。雪を利用することで、日本家屋での密室殺人を実現した本作を味わうには、状況を細かに知る必要がある。本書は、維新期に移り変わったという一柳家の特異な立地から説き起こし、惨劇があった離れ家の間取りや断面図を挙げ、さらには雨戸の仕組み、琴柱や琴爪の残された場所まで解説する。
第二の事件は、一九四六年の『獄門島』。戦友の依頼で瀬戸内の小島に向かった復員兵の金田一を、奇怪な連続殺人が待ち受ける。網元の本鬼頭家の屋敷は、長屋門と裏門とを構え、離れ家という祈禱所を備える。母屋の端には精神を病んだ当主が暮らす座敷牢が設置されていた。迷路のような廊下で結ばれる家屋の造りが、平面図で見るとよく分かる。第二の殺人において、死体は吊り鐘の中に隠される。「天狗の鼻」という台地に置かれた吊り鐘の様子を、三つの角度から描き出す入念さに目を見張らされた。
本書の魅力は、事件現場の様相を鮮やかに視覚化したところにある。『迷路荘の惨劇』は、富士山裾野に「明治の権臣」古館伯爵が建てた別荘をめぐる物語。暗殺を恐れて見通しの利かないよう仕立てられた庭園や、何人もの妾を住まわせた長局のある名琅荘(通称迷路荘)の構造は、複雑を極める。溶岩洞窟を利用した抜け穴まであって、全容を思い描くのは容易でない。評者は、かつて作図を試みたがうまくいかず、挫折したことがある。文章だけでは追い切れない時、本書はたのもしい手引きとなる。
一柳家の紅殻塗りの塀や『三つ首塔』の覗き部屋のあるパーの図解に触れると、地方色や風俗の移り変わりに作者が敏感であったことに気づかされる。入り組んだ建造物を配置し、多数の人物が出入りする探偵小説を、正史はメモやノートを作らず執筆した。作者の頭脳の「間取り」を、思わず考えたくなる。
『金田一耕助語辞典』(誠文堂真光社、YOUCHANとの共著)でユーモラスにうんちくを傾けた木魚庵の、本書における筆致は慎ましい。トリックや犯人への言及を控える配慮が、すみずみまで行き渡っている。「ゴム製のマスクを被った佐清」(八九ページ)というキャプションは、まるで伏線の記述であるかのように読めた。『八つ墓村』の部屋抜けの謎を、説明を忘れた作者に代わって補う対応が心にくい。
建築物としての家は、登場人物たちの行動を規定する物質的条件として作用する。ミステリーの場合、大邸宅は謎の源泉ともなるが、正史においてはいささか事情が異なっていた。『犬神家の一族』が典型であるように、和洋折衷式で建て増しされた館は、主を喪っており、残された者たちは混乱の中にある。建物が古び、朽ちていくにつれて、人々の葛藤が高まり、別の事件現場を生み出すことになる。悲劇は、決して一か所に留まってはいない。
金田一耕助最後の事件となった『病院坂の首縊りの家』の題名は、港区にあった法眼家の営む病院に由来する。しかし、東京大空襲で被災した後、病院は隣接する邸宅共に廃墟となる。その後怪事件で利用されるものの、作品内現在の一九七三年には跡形もない。激動する近代を移ろいの相においてとらえる点に正史の特徴があることを、本書は見落とさない。敗戦間もない東京近郊の「辺ぴな」土地の酒場(『黒猫亭事件』)、高度経済成長期の郊外の団地(『白と黒』)、そして名探偵の転々とした居場所が扱われた部分も、読みごたえは充分である。横溝正史の世界に迫る上で、本書は最良の案内書と言えよう。(やまぐち・ただよし=二松学舎大学教授・日本近現代文学)
★もくぎょあん=金田一耕助勉強家を自称。著書に『金田一耕助語辞典』など。
★ほんま・いたる=一級建築士。著書に『最高に楽しい[間取り]の図鑑』『間取りの解剖図鑑』『住宅ディテール大全』など。一九五六年生。
書籍
| 書籍名 | 金田一耕助の間取り |
| ISBN13 | 9784767835846 |
| ISBN10 | 4767835844 |
