- ジャンル:哲学・思想・宗教
- 著者/編者: クラウス・フィーヴェーク
- 評者: 小林正士
自由の思惟
クラウス・フィーヴェーク著
小林 正士
本書『自由の思惟 ヘーゲルの『法哲学要綱』』は、世界的に著名なヘーゲル研究者クラウス・フィーヴェーク氏の大著の日本語訳である。ヘーゲルの著作、講義録等が網羅的に踏まえられ、ヘーゲル研究に深い見識を有する著者の本格的な『法哲学要綱』(1820)解読の専門書である(以下『法哲学』と略記)。
本書で目指されているのは、これまで様々に解釈されてきたヘーゲル『法哲学』の解明であり、「実践的世界」についての「哲学的理論の新解釈」である(はじめに)。本書のこの新解釈によって導かれるのは、我々がヘーゲルに回帰して、『法哲学』を学ぶことの現代的意義である。
本書を通読すると分かるように、そこにはヘーゲル『法哲学』に関わる実践的世界の重要かつ興味深い論点の数々がある。例えば、自殺や安楽死に関わる論点、動物の権利、子どもの権利、近代刑罰論、環境や貧困等生存に関わる問題、徴兵制、法や国家の正当化論、民主主義等国制や選挙に関わる議論、議会・立法権の基礎づけ、主権国家と国際社会の関係等々である。
上記論点を取り出して紹介してもよいだろう。しかし、以下の点のみ指摘したい。なぜなら、ヘーゲル『法哲学』を踏まえて、上記の諸論点を考察するならば、以下の観点はその根底にあるものとして欠くことができないと著者が繰り返し強調しているからである。
即ち、本書の試みにとって、極めて重要な研究観点が、ヘーゲル『法哲学』を真に解明するためには、彼の『(大)論理学』や『哲学的諸学のエンツュクロペディー要綱』に基礎づけて解明しなければならないというものだ。
そして、ヘーゲル「論理学」が『法哲学』の基礎をなす、ということと深く関係するのが、本書のタイトルにもなっている「自由の思惟(Das Denken der Freiheit)」である。ヘーゲル「論理学」によって基礎づけられた「自由の思惟」の論理が、『法哲学』の基礎にあるという。それはどういうことか。
鍵となるのが、「思惟の思惟」、即ち、自分自身を思惟する思惟、思惟が自己規定する活動的な思惟であるということである。思惟が自分自身を思惟しながら、自己規定する活動的な思惟であることは重要な論理であるとされている。なぜなら、「この論理に実践哲学―法哲学―は依拠している」(Ⅱ―2)からである。即ち、著者によれば、「この力動論は行為の原理なしには、自由の原理なしには充分に輪郭を描いたり説明したりすることはできない」(Ⅱ―2)からである。それ故に、「こうした力動的な自己規定の展開において主観性の思想が、自由とともにこの思想の本質的諸規定の一つとして」(Ⅱ―2)生み出される。こうして「思惟」は、「主観性の思想」・「行為」・「自由」と深く結びつく。
さらに、この「自由の思惟」は、実践的な「理念」として、即ち「理念は実践的活動性として登場するのであり、自ら運動する活動的で、諸規定を措定する概念として登場」し、「この理念は世界を自分自身の目的にしたがって規定することができ、概念に適合的なものにすることができる」(Ⅱ―2)ことが説かれる。そして、理念は概念と現実性との統一として把握されることになる。
ここで「概念」とは何か、ということが問題になる。ヘーゲルの「概念」とは、形式論理学的な概念ではなく、普遍性・特殊性・個別性の諸契機が区別されながら不可分に統一されているものである。即ち、自由の思惟の自己規定的な活動は、自己自身とのみ関係する同一性の契機(普遍性)、そして自己を「解放し」、「開き」、「限定し」、「他なるものとかかわる」非同一性の契機(特殊性)、さらに、両者の統一、即ち、その他なるものとかかわりながら、他なるもののうちにいながら自分自身のもとにある「同一性と非同一性との同一性」(個別性)として把握される。従って、ヘーゲルの「概念」は、「実践的な論理」を内包した概念であることになる。
このようにヘーゲル「論理学」によって基礎づけられた実践的な概念の論理によって、「他なるもののうちにいながら自分自身のもとにある」というヘーゲル『法哲学』にとって極めて重要な「自由の思想」は、基礎づけられているのである。つまり、「概念の論理」によって、「思想」が基礎づけられているのである。即ち、ヘーゲル『法哲学』の根底にある「自由の思想」は、彼が当時挑んだ主観と客観とを統一して把握すること、「思考と存在」との対立を克服し、その統一把握を試みようとした「論理学」がその基礎にあるということである。
「哲学的な法学は、法の理念を、すなわち法の概念とこの概念の実現とを対象にする」という第一節から始まる彼の『法哲学』は、この「論理学」を基礎にしてこそ深い理解に到達する、というのが著者の考えである。こうして、「他なるもののうちにいながら自分自身のもとにある」という「自己規定の論理」を基礎とした自由が、「抽象法」と「道徳」とを包摂して、「人倫」へと極めて高度に展開していく。
最後に、著者のヘーゲル「論理学」を基礎とした『法哲学』解読が、なぜかくも重要なこととして強調されるのか。私見によれば、その解読が、これまで様々に解釈されてきた『法哲学』に、論理的一貫性を持たせる解釈原理となっているからである。即ち、上記の「自己規定の論理」によって基礎づけられ、鍛えあげられた「自由の思想」は、ヘーゲルの歴史的時代状況やその後の解釈者のそれにもかかわらず、また難解な『法哲学』叙述の中にあっても、実践的な人倫世界において、この論理を徹底的に貫徹させる解釈原理であり続ける導きの糸となっているからである。本書において、この解釈原理によって導かれる個別具体的な諸論点の新解釈は、大変興味深く、読者をワクワクさせるものであり、著者がヘーゲル『法哲学』を学ぶ現代的意義を説く大きな理由となっている。(大河内泰樹・滝口清榮・早瀬明監訳/岡崎龍・久冨峻介・田中岳・堀永哲史・山脇雅夫訳)(こばやし・まさし=国士舘大学准教授・法哲学・法思想史)
★クラウス・フィーヴェーク=フリードリヒ・シラー大学(イエーナ)哲学元教授・ドイツ観念論・実践哲学。一九五三年生。
書籍
| 書籍名 | 自由の思惟 |
| ISBN13 | 9784588012020 |
| ISBN10 | 4588012029 |
