2025/12/19号 5面

ロシア文学

ロシア文学 髙田 映介  ロシアではいま、複数の著名な作家が「テロリスト」「過激派」のレッテルを貼られ、大手書店や出版社の中には彼らの書籍の販売・流通から手を引く動きが広がっている。憂うべき状況の一方で、日本ではロシアについて考えようとする書物が今年も数多く刊行された。  政治・国際関係・現代史の分野では、プーチン体制の現在を読み解く著作が相次いだ。鳥飼将雅『ロシア政治 プーチン権威主義体制の抑圧と懐柔』(中央公論新社)は、選挙制度、治安機関、市民社会への介入といった諸要素を整理し、権威主義が動く具体的な回路を照らし出す。西山美久『現代ロシアの歴史認識論争』(慶應義塾大学出版会)は、「大祖国戦争」をめぐる記憶の争奪が近年のウクライナ政策へどう接続してきたのかを丹念に追う力作。アントニー・ビーヴァー『革命と内戦のロシア1917–21 上・下』(染谷徹訳、白水社)は革命と内戦の暴力の年代記を通し、現在の統治形態を二〇世紀の長い時間の流れの中に位置づける視点を与えてくれる。  制度の側面にとどまらず、社会の内部へ目を向けた書籍も多かった。高柳聡子『ロシア 女たちの反体制運動』(集英社)は、ソ連期から現代にいたる女性たちの抵抗の歴史を通じて、反体制運動の情動の輪郭を浮かび上がらせる。藤崎蒼平・セルゲイ・ペトロフ『ロシア反体制派の人々Ⅱ』(未知谷)は、五十名に及ぶ文化人・知識人を紹介し政権批判者の声の広がりと厚みを伝える。坂内知子『ロシア帝国ウサージバ物語』(成文社)は、貴族屋敷という空間に焦点を当ててロマノフ朝三〇〇年の生活世界を細やかに示し、小椋彩・中村唯史編『ロシア・中東欧のエコクリティシズム』(水声社)は、旧共産圏という過去とスラヴ語圏の文化的基盤を踏まえつつ、自然の表象や環境の歴史と文学・文化の関係性を広い比較座標で捉え返す。  こうした歴史・社会的研究と呼応するように、テクストの厚みを掘り下げる試みも活況を呈した。細川瑠璃『フロレンスキイ論』(水声社)は、美学・神学・数学を横断する「ロシアのレオナルド・ダ・ヴィンチ」の思想をその根底にある構想から読み解いた初の本格的研究であり、第四七回サントリー学芸賞を受賞したことも記しておきたい。セルゲイ・トレチヤコフ『子どもがほしい!』(伊藤愉訳、白水社)は、身体と生をめぐるソ連初期の実験的想像力に触れられる刺激的な戯曲集。シャオルー・マー『仲介する日本 ロシアから中国への文化横断とリレー翻訳』(秋草俊一郎・今井亮一・高橋知之訳、文学通信)は、日本語という媒介を通してロシア文学がどのように変容し、東アジアの文化地図を更新してきたかを描き出す。マリーナ・パレイ『カビリア』(高柳聡子訳、白水社)は、ソ連崩壊前夜の揺らぎのなかで、小説の別の地平を示した作家の初期三部作。体液や肉の感覚を通して、文学におけるペテルブルク・イメージを書き変える。  検閲と抑圧の陰が濃くなるロシアの現実とは対照的に、日本語で読むロシアはますます多声の広がりを見せ、過去と現在、テクストと現実を行き来しながら、私たちに止まぬ問いを投げかけている。(たかだ・えいすけ=神戸大学講師・ロシア文学)