上絵師 律の似面絵帖シリーズ
知野 みさき著
知野 みさき
狐狸妖怪などファンタジーはナシ、若者にも親しみやすい時代小説を、という依頼で書き始めたのが『上絵師 律の似面絵帖』シリーズです。
二〇一五年からウェブ連載を経て、翌年の六月に一巻が刊行、四巻目以降は年一冊ペースで、今年十一巻目を無事に出すことができました。
デビュー時からいずれは時代小説も書きたいと願いつつ、それらしい小説はほんの一冊、ファンタジー色のあるものしか書いたことがなかったので、依頼をいただいた時は少々不安でした。
ただ、時代小説に限らず、SFやファンタジーなどでも、自分の琴線に触れるのは「設定」よりも「人」が描かれているところです。時代小説というカテゴリーにとらわれることはない、「人」である私が、読者という「人」へ宛てて、「人」の物語を届ける――そう思ったら気持ちが楽になりました。
主人公の律は二十代で、着物に絵を描く上絵師かつ町奉行所御用達の似面絵師でもあります。
上絵師は居職(在宅ワーク)ですが、律は家に閉じこもってばかりではなく、上絵の仕事や似面絵描きを通じて様々な人や事件にかかわります。
江戸時代が舞台なので、人と人とのかかわり方や犯罪捜査の手段は現代とは違います。とはいえ根底にある「思い」(犯罪なら動機)は、昔も今も特に変わっていないように思えます。
暮らしに関しても、今は上絵入りどころか、着物自体、仕立てる人が昔ほどいませんし、カメラが普及して久しいので似顔絵が描かれることも少なくなっています。しかしながら、「絵」を生業にしている人は今も尚大勢います。時代と共に変化してきた暮らしの中で、失われた物や仕事は少なくありません。それでも人の「思い」――仕事や物に対する熱意、恋心、親心、友愛、敬愛、喜びや悲しみ、憎しみや慈しみの情など――は今も変わりません。
律と私は親子ほども歳が離れていて、境遇や性格にも似通ったところはほとんどありません。けれども、創作の苦悩や喜びは共にしています。
加えて律ほどではないですが(と思っていますが)、私にもその昔、世間知らずで、うぶで、無鉄砲な日々がありました。よって時折、律の青臭さに己の若気の至りだった出来事を重ねて苦笑を浮かべ、と同時に、これまで未熟な自分を見守り、支えてきてくれた家族友人、恩人へ感謝せずにいられなくなります。
シリーズ当初は作者をもやきもきさせていた律も、巻数を重ねて少しずつ成長してきました。
作中にはもうすっかりお馴染みとなった律の周りのキャラクターの他、仕事や事件を通して出会い、触れ合う人々がたくさん登場します。
律が生きているのはおよそ百七十五年前の東京です。時代は違えど、律を始めとする老若男女それぞれの生き様のどこかで、皆さんとも「思い」を共にすることができれば幸いです。(ちの・みさき=小説家)