2026/02/13号 8面

大正大学創立100周年記念鼎談 柏木正博×稲井達也×渡邊直樹

記念鼎談=柏木正博(大正大学理事長)×稲井達也(附属図書館長)×渡邊直樹(出版会編集長) <大正大学創立100周年! 地域戦略人材育成の新たな挑戦>  東京都豊島区・西巣鴨に位置する大正大学は、今年11月に創立100周年を迎える。来たる4月には、文理融合型の新学部・情報科学部も新設される予定だ。仏教系の大学として、地域密着型の教育機関として、また図書館教育に力を入れる大学として、大正大学は多くの学生・地域住民に親しまれている。  同大の理事長・柏木正博氏、附属図書館長・稲井達也氏、出版会編集長・渡邊直樹氏に、書籍文化の未来、大学の理念、地域創生への思いについて語っていただいた。(編集部)  渡邊 本学の新しいランドマークが、鼎談会場でもあるここ8号館図書館(総合学修支援施設)です。2020年に竣工し、翌々年にはグッドデザイン賞を受賞。本学の学生はもちろんのこと、地域の方にも利用される開かれた図書館になっています。  稲井 改築される以前から、もともと本学の図書館は様々な行事を公開し、地域の拠点になっていました。この新しい大きな図書館はその気風を引き継いで、中高生や一般の方の利用を受け入れているわけです。出版関係者の利用もあり、業界や地域にも広く認知された図書館になりました。  柏木 創立100周年を機に、本学はリカレント教育に力を注いでいきます。今年の5月に始まる「SHODAIリカレントTV」を拠点にして、一般・自治体・寺院向けにオンライン配信で講座を開く計画が進んでいます。図書館という観点からは、地域活性化に図書館を活用していこうとする自治体が徐々に増えてきていることから、街づくりや人同士のつながりを再生させようとしている図書館の取り組みを紹介して、政策立案に生かしてもらうための講座も準備しています。  また、本学の地域構想研究所の片山善博所長(前鳥取県知事、元総務大臣)にも地方自治のあり方について講義をしてもらいます。片山所長は鳥取県で、図書館改革を推進した経歴もお持ちです。鳥取県は公立図書館活用の先進地域なのですが、それは片山先生の功績でもあります。  渡邊 大正大学出版会は2015年から2023年まで、地域創生のための総合情報誌『地域人』を89冊発行してきました。そこでも図書館や書店を2回ずつ特集しています。  それを再編集して2024年から刊行している書籍シリーズ「地域人ライブラリー」の中に、ライターの南陀楼綾繁さんの『「本」とともに地域で生きる』があります。この中では、日本各地で誕生している新しいタイプの本屋さんや、ローカルメディア、地方の図書館の役割を深掘りしています。  日本では出版社の未来が危ぶまれていますが、そんな中でも、紙媒体で言うなら、若い人たちがこぞって参加する文学フリマや、本学表現学部の仲俣暁生教授が手がけるようなリトルプレスなど、前向きな動きも紹介しています。  稲井 本学の周辺、巣鴨地蔵通り商店街には本屋さんがないんです。そこで、本を媒介にして人が集まる場所を作ろうという動きがあり、何人かの先生方や外部の方とも相談しています。  渡邊 たとえば、「一箱古本市」(南陀楼さんが25年ほど前に考案したイベント形態)を、巣鴨地蔵通り商店街で開かれる縁日に合わせて展開し、新たな本屋さんや大学図書館に導くようなアイデアも出ています。  図書館に関しては、地方紙と図書館を連動させる計画も進んでいると聞いています。  稲井 活字文化を大切にしたいという思いから、全国の主要な地方紙のデータベースを使いながら、自治体職員向けに社会課題を解決していく学習講座を構築する計画です。自治体職員は日々忙しいので、図書館から情報発信することで、自分なりの課題意識を持ってもらい、地域の課題を解決していくような人材を育てていければいいと思います。  図書館は来るもの拒まずですが、ふつうは図書館の方から利用者に積極的にアプローチしていくことはしません。しかし、時代に取り残されたような図書館像から脱却し、社会に自発的にコミットしていく形態へと転身を図ることが大切です。  渡邊 この図書館の特色の一つは、建物の4階に礼拝ホールがあり、本学のご本尊様がいらっしゃるところです。重要文化財の阿弥陀如来坐像が安置されています。そう思ってみると、建物の外装も金色に神々しく輝いて見えますね。  稲井 来館者からは、ホテルにいるようなゆったりした時間が過ごせると好評です。一般の方は年間3000円、中高生は無料でご利用いただけます。  渡邊 さて、本学は11月5日で創立100年を迎えます。仏教系の総合大学として、これまでどのような歩みを経てきたのでしょうか。  柏木 本学の起こりは旧大学令が公布された1918年にさかのぼります。全ての宗派を結集した大学を創ろうという計画が持ち上がりました。当時の仏教界をリードしていた研究者らが仏教連合大学構想を提唱し、高邁な理想を語ったわけです。その後、大震災などの混乱もあり、開学当初は天台宗・真言宗豊山派・浄土宗の三宗派が参画してスタートを切りました。のちに真言宗智山派が合流、2018年には時宗が運営に加わり、今に至ります。  しかし、私が教務部長を務めていた1993年、大きな変革が起こりました。仏教学部が廃止されて人間学部が誕生、学部名から「仏教」が姿を消したのです。  この地殻変動には、やむにやまれぬ制度的な事情が隠れていました。  もともと仏教学部と文学部の二学部体制を取っていたのですが、当時は文部省の規定により、学校教育法で認可された当初の学部数を上限として、それより学部を増やすことができなかったのです。  だから、狭義の人文学や仏教学のほかの教育課程を作るには、仏教学部を改めるほかありませんでした。その後、法改正が行われますが、結局、仏教学部が再設置されたのは2010年のことになります。これは、あまり知られていない歴史です。  渡邊 そのような改革の最中でも、仏教学を中心にした学問的堅実さは維持していて、特に1990年代には錚々たる教授陣を揃えていましたね。批評家の江藤淳先生や、南アジア研究の泰斗である辛島昇先生、比較文学の芳賀徹先生もいらっしゃった。  稲井 江藤先生の没後、ご遺族が蔵書や原稿などをすべて本学に寄贈してくださり、この図書館には特設の書架が設けられています。  柏木 こんな逸話があります。江藤先生と辛島先生は小学校の同級生で、大の親友同士だったのですが、お住まいのある鎌倉駅から出勤するときも、いつも顔を合わせていました。辛島先生は上り電車で本学に向かい、江藤先生は下りで慶應義塾大学(湘南藤沢キャンパス)に向かう。そんな折、「上り電車に乗りたかったらうちに来るか」と辛島先生が誘うと、「じゃあ行くよ」と。それで、江藤先生も本学にお勤めになることが決まったのです(笑)。1997年のことでした。  渡邊 本学は図書館をはじめ、キャンパス全体が地域に開かれています。このような地域主義を掲げるようになったきっかけは、2011年の東日本大震災でした。本学は震災後の非常に早い段階から、宮城県南三陸町への支援を始めましたね。これがもとになって2016年の地域創生学部設置に結びついた。  柏木 そうです。しかしそこに至るまでには紆余曲折があったのです。  震災当日、巣鴨のキャンパス内には学生が大勢残っていました。地震で交通網が麻痺してしまい、取り残されてしまったのです。帰宅できないというので、本学で預かることになりました。  預かるからには門を開けておくのは危険と判断し、結局一晩、地域にキャンパスを開放することができませんでした。  ところが、地域の方々から「自分だけがよければいいのか」と批判を受けました。構内に学生が避難していることなんて誰も知らないわけですから。  翌朝、まだ高速道路が通じていたので、私は車で帰路につき、ラジオを聞いているとコメンテーターがこう言うのです。「大学がこの地震にどれだけ関わるか。これが日本の将来を左右する」と。私はその時にハッと気づきました。そして大学を挙げて教員・職員・学生を140人、3週間にわたって派遣して教育の一環として支援活動をしたいと被災地に申し入れた。しかしどの自治体にも断られてしまいます。  最後に受け入れてくれたのが南三陸町でした。先日引退した佐藤仁町長は、懐の深い方でしたから、私たちも高台にある入谷公民館を拠点に活動をすることが許可されました。  渡邊 それから継続的に支援活動が始まりましたね。本学だけではなく、多くの大学に声をかけてボランティアを募った。  柏木 それも現地の方の協力あってこそでした。入谷公民館の館長だった阿部忠義さんは、現地に設置した研修センターの設立に公務員としてご尽力くださいました。  昨年には彼の所属する団体が、里山活性化の活動を認められて、農林水産祭で天皇杯を受賞しています。  阿部さんはアイデアマンなのです。2009年には、南三陸に工芸品の特産がないことに問題意識を抱き、赤いタコの形をした文鎮「オクトパス君」を考案しています。ところが、3・11の津波によって工房が流されてしまったのです。商品もほとんどすべて失ってしまった。そんなところに大正大学の私たちがやってきました。  3週間の支援活動の後、私は阿部さんに「もう来られないかもわかりませんからね」と伝えました。すると、彼は公民館の自席の引出しをスッと開け、何かを机にポン、と置くのです。「これ何だと思いますか」と。それがオクトパス君でした。聞けばこれが唯一の生き残りらしい。そんなもの出されたら、応援するしかないじゃないですか。  鋳造してくれる工房を探し、10万個の発注に至りました。本学がスポンサーですが、地元の人も加わってくれ、一つひとつ手作りしました。「(机に)置くと(試験を)パスする」ということで人気の商品となりました。震災直後は、復興支援の風を受け爆発的な売り上げとなり、2年間で1億円を超え3年前に完売。このような物語があり、地域創生が本学の大きなテーマに浮上しました。  渡邊 これが2014年の地域構想研究所設立に繫がっていき、翌年9月には雑誌『地域人』を創刊。創刊号には初代地方創生大臣である石破茂衆議院議員へのインタビューを掲載し、8年間で全89巻を発行しました。2016年には地域創生学部が設置されます。  柏木 実は、この地域創生という理念は、本学の仏教的出自ともあながち無関係ではないと思っているんですよ。たとえばかつて浄土宗は、全国の宗門子弟が住職になるためには、東京・芝にある増上寺で長期の修行を経なければならないと定めていました。これが江戸文化の全国伝播に一役買っているのではないかと思っています。  巷でよく語られる話に、江戸文化は参勤交代によって地方に伝わっていったのだという説があります。それは一理あるでしょう。しかしながら、江戸時代、全国には数千の浄土宗寺院があり、地域に密着して活動をしていました。その住職が皆、十数年の修行時代を江戸で過ごしている。その間に江戸文化が体に染み込むわけです。そのようにして中央の文化が地方に広まっていった側面もあるのではないでしょうか。  地域創生も同様です。東京で学んだ学生が地方に帰り、学んだことを地元に還元する。そうした営みの一端を本学が担っているのです。  渡邊 創立100周年を迎えるにあたって、本学は新しい取り組みをしています。第一に、情報科学部という文理融合型の新学部を設置すること。第二に、先ほど簡単に触れた「SHODAIリカレントTV」の開始。そして第三に、ニューヨーク・ブルックリンのサテライトキャンパスです。  柏木 まずは新学部について。文科省からの働きかけで、知識集約型社会を担う人材育成のため、文理融合の学部を作ることが検討されました。本学がやるならどうするか。やはり地域主義を柱に、データサイエンスを取り入れるのがベストだと考えました。これに加え、地域戦略人材育成とアントレプレナーシップを旗印に、新学部構想がスタートしました。  2020年、文科省主催の「知識集約型社会を支える人材育成事業」に本学の「新時代の地域のあり方を構想する地域戦略人材育成事業」が採択されました。並みいる有名大学が参加する中、本学は極めて高い評価を得ています。これが、情報科学部誕生の大きな基盤になりました。  渡邊 昨年12月の「日経地方創生フォーラム」でも、ニューヨーク・ブルックリンのサテライトキャンパスが公表されました。マンハッタンではなくブルックリンというのが、どこか巣鴨と似た懐かしい雰囲気を持つ街で、本学の風土ともマッチしています。  柏木 これもまた一つのご縁で決まったことです。ビューティー/ファッションラボという大変古い建物がブルックリンにあるのですが、そこのオーナーが日本人の老婦人です。壊してしまうのは忍びないということで、様々な日本企業をメンバーシップに加えて活用しようという計画が、資生堂を中心に立ち上がったのです。  渡邊 最後に「SHODAIリカレントTV」についてもう少し触れていきましょう。こちらは一般の方向け講座と地方の自治体職員向け、そして寺院向けの3つの窓口を持っています。前者二つは冒頭に紹介しましたので、寺院向けの動画配信について聞かせてください。  柏木 簡単に言うと、お寺にモニターを設置して、地域の人に集まってもらう。そこで様々な講座を受講してもらい、「寺学自習」するのです。  「SHODAIリカレントTV」によって、多くのお寺が人の集まる場所にもなって、さらに仏教に関心を持つ人もやってきてくれる。このことがお寺の活性化につながっていくといいと思っております。  (おわり)  ★かしわぎ・まさひろ=学校法人大正大学理事長。一九七四年三月に大正大学文学部史学科を卒業後、同大事務局に入局。教務部長、事業推進部長、事務局長、専務理事等を経て、二〇二四年より現職。事務局長在任時より同大の地域連携活動を推進し、地域構想研究所の設立を主導。一九五一年生。  ★いない・たつや=大正大学附属図書館長・教職支援オフィス教授。専門は国語科教育。上智大学卒業、筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(学術)。都立高校・中高一貫校、東京都教育委員会で勤務。二〇二〇年より現職。著書に『高校授業「学び」のつくり方』など。一九六二年生。  ★わたなべ・なおき=大正大学客員教授・同大出版会編集長。東京大学文学部卒業後、平凡社入社、『太陽』を編集。その後、『SPA!』『週刊アスキー』『婦人公論』『をちこち』『宗教と現代がわかる本』などの編集長。二〇〇四年から一六年まで大正大学文学部・表現学部教授。二〇一五年から二〇二三年まで『地域人』編集長。著書に『地方創生の10年』など。一九五一年生。