2026/03/20号 5面

「ギュスターヴ・ドレの強い影響」(ジャン・ドゥーシェ氏に聞く)429(聞き手=久保宏樹)

ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 429 ギュスターヴ・ドレの強い影響  HK 一般的には、グリフィスが映画の起源とされますが、最近はイタリアのジョルジュ・パストローネの『カリビア』(一九一四)も起源のひとつとして見る傾向が増えてきています。  JD もちろんパストローネの映画も、映画の起源に関わるものです。イタリア人たちは、そう主張したがる。そして、グリフィスは『カリビア』の影響も受けています。しかし、私の考えでは、本当の意味での起源はグリフィスである。グリフィスが映画について考え始めたのは、『國民の創生』や『イントレランス』以前からです。彼の最初期の短編作品群は、すでにその後の映画についての考えを予見させるものになっています。それぞれの作品において、映画の空間の探究――グリフィスの場合は画面外の空間の探究でもあります――、物語叙述法の探究、ショットの探究、モンタージュの探究、時間の探究などなど、映画に関わるさまざまな考えの発芽が見られます。それらからは、今日見ても学ぶことがあります。  パストローネの作品も悪くはありません。古代史劇ものの源流となった映画です。各々のシーンにわたって良い仕事がなされています。しかし、職人的であれども、芸術にまでは至っていない。映画史がそれまでに積み上げてきたものの結果として、必然的に生み出されたものです。『大列車強盗』(ポーター、一九〇三年)がアメリカ映画の方向性を決定付けたように、世界各地で映画の探究が行われ、それぞれの地域の芸術史を引き受ける形で、映画は各地で発展していきました。フランスでは、当時人気を博していた大衆演劇や新聞連載の三文小説が大きな影響を与えていました。イタリアでは、メロドラマのオペラや史劇、またはダンテの『神曲』などの古典の影響がありました。ちなみに『カリビア』よりも前に、『神曲』(一九一一)は作られています。当時の作品としては悪いものではない。さまざまな特殊効果が巧みに利用されています。しかし作品全体として見ると、依然として、平坦な作りになっていて、メリエスの行っていたことを改良しただけです。だから映画芸術という観点からすると、決して本当に面白いものではない。ダンテの小説は偉大なものです。ただ、初期の映画においては見せ物の域を出ていません。映画が、真に映画の表現を見出すことができていないのです。  HK 単に映像を挿絵のようにして、物語を伝えるだけでは不十分ということでしょうか? おそらく初期の映画監督たちは、あまり深いところまでは考えていなかった。周知の物語を元に映像表現を探究したかったのか。もしくは無知な大衆に物語を伝えようとしたのか。二つに一つだったと思います。一方は現代のハリウッドの『スターウォーズ』などを作っている人たちと、考え方は同じです。他方は教会のステンドグラスみたいなところがあります。二つを同時に考えていた可能性もあります。無知な人に映画を通じて何かを伝えようとするという意味では、ロッセリーニの啓蒙的映画にも通じるものがあるのではないでしょうか。  JD ロッセリーニの啓蒙映画は、それ以上のものです。そこには映画芸術がある。テレビやラジオの報道とは違う。  HK 例えば『神曲』を元に作品を作るにしても、ギュスターヴ・ドレが版画で試みたような表現も考えられます。もしくは、ラース・フォン・トリアーの新作『ハウス・ジャック・ビルト』を例に挙げてもいいかもしれません。  JD はい。それらの作品には、独自の探究があります。ギュスターヴ・ドレの名前が引用されたのは喜ばしい。なぜなら、彼の影響は非常に強いからです。初期の映画は彼の影響を非常に強く受けている。ムルナウも影響を受けているし、そのほかの人々も知らずに影響を受けています。ヨーロッパ中の画家が影響を受け、間接的に映画作家にまで伝わっていったのです。印象派や古典主義の絵画などよりも、版画や挿絵の白黒の芸術は映画と親近性がありました。  〈次号へつづく〉 (聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテークブルゴーニュ)