書評キャンパス
堀元見『教養悪口本』
森本 翼
皆が一度は口にしたことがあるだろう悪口。その悪口について、いい印象を持つ人は少ないだろう。ましてや、悪口とは教養の対極にあるものだと思うのではないだろうか。しかし、本稿で紹介するのは『教養悪口本』である。著者の堀元見は、まず「最近のインターネットは悪口ばかりでつまらない」という声に対し、「悪口のせいにしないでほしい」、悪口には面白いものとつまらないものの両方が存在する、と述べるのである。言われてみれば確かに、悪口は単なる言葉の一種なのだ。聴衆なき思想がただの言葉に成り下がることがあるように、逆に「教養悪口」は聴衆を惹きつけ、諧謔へと昇華されることもある。
教養悪口とは、文字通り「教養のある悪口」という意味である。本書に登場するいくつかの悪口を紹介したい。
例えば、「パリティビットが意味をなさない品質」という悪口がある。この言葉だけを聞いて意味が分かった人は少ないだろう。意味は「ミスが多すぎる」というものである。パリティビットとは誤りを検出する仕組みのことだが、想定を超えてありえないぐらい間違われると検出できなくなるところからきている。おそらくこの言葉を投げかけられても、悪口だと気づく人はほとんどいないはずである。これこそが教養悪口だ。つまり「分かる人にしか分からない悪口」を本書では示しているのだ。
ほかにも「ネルソン提督のようですね」という悪口が紹介されている。ネルソン提督とはイギリスの英雄であるが、ある逸話から本書内では「部下の時間を奪う上司」という意味で使われている。しかし、「ネルソン提督」と呼ばれたら、むしろ褒められたように感じるかもしれない。そのため、相手を侮辱しつつも悪口であると気づかれにくい言葉になっているのだ。ほかには「ナポレオンっぽいね」「世界で一番大きな花だ」などの悪口も載っている。詳細は本書で確認してほしい。
本書を読みながら私は、かつてヨーロッパの貴族たちが国際共通語としてフランス語を話していたことを思い出した。フランス語が使われた理由は高貴な印象を与えるためなどいくつかあるが、その一つとして下層階級や使用人たちに会話の内容を理解させないためであったという。もちろん、大事な話を秘密にする意図もあったのだろうが、「お前たちには理解できないだろう」という優越感に浸る意味もあり、そこが階級意識を強固にした側面もあっただろう。
このエピソードと『教養悪口本』の内容はどこか通じるものがある。教養悪口には、相手に伝わらないことを楽しむ側面があるのだ。先ほどのネルソン提督の例も、褒めているように見せかけて実は悪口である。他にも本書で紹介されている悪口には、複数の意味を持ったり、相手に通じなかったりすることを楽しむものが多い。教養悪口とは、貴族が用いたフランス語のようなものであり、現代における貴族的な遊びとも言えるのではないか。
階級社会は教養から生まれるのではないか――私は本書を読んでそのように感じた。本書は、読者を一時的に貴族の思考世界へと誘う側面も有しているように思う。格差が叫ばれる昨今、『教養悪口本』は、多様な教養悪口を楽しめるだけでなく、現代社会に対する鋭い示唆を与える書籍である。教養ある悪口を知りたい者にも、そこから一歩踏み込んだ考察を求める者にも薦めたい一冊である。
書籍
| 書籍名 | 教養悪口本 |
| ISBN13 | 9784334952822 |
| ISBN10 | 4334952828 |
