非正規雇用の政治経済学
本田 恒平著
阿部 正浩
本書は、職業安定法および労働者派遣法という二つの労働市場法の成立・改正過程において、労使双方がどのような役割を果たしたのかを精緻に分析した労作である。
特に派遣法は、低賃金で不安定な非正規雇用を生んだ元凶として労働政策批判の的となってきた。しかし、その成立と改正に関わった労使の対応もまた批判を免れないというのが、本書の一貫した立脚点である。
派遣法への社会的関心が高まったのは、偽装請負が表面化した二〇〇五年頃から、派遣切りや「年越し派遣村」が出現した二〇〇八年前後にかけてである。それ以前、職安法や派遣法、あるいは非正規雇用そのものへの関心は驚くほど低かった。読者の多くも、非正規雇用の問題は九〇年代後半の就職氷河期以降の現象だと認識しているのではないか。当時は専門家ですら、労働市場法の変遷に注視する者は稀であったのが実際のところだ。
当時の労使にとっても、これらの法律は優先順位の低い議題であったようだ。一九四七年成立の職安法は、GHQの強い方針下で制定されたため、労使が介在する余地は乏しかった。むしろ戦後動乱期の労使にとっての死活問題は、企業経営の安定と雇用の確保、そして生活水準の向上にこそあったのである。
一九八五年の派遣法成立時も同様である。当時の労使が労働法制で火花を散らしていたのは、男女雇用機会均等法や労働基準法(時短)であった。派遣法については、先鋭的な対立の形跡は乏しい。むしろ労働者側は、労働者供給事業の類似行為が蔓延する現状を鑑み、法制化による一定のルール化を事実上容認していた。
さらに八〇年代は、労働界にとって「連合」結成前夜の激動期でもあった。加えて、三公社の民営化、とりわけ国鉄の分割民営化を巡る内部の激論が佳境に入っており、そうした時代背景が派遣法への「無関心」を助長した側面は否めない。
一九九九年の両法改正においても、労使から目立った異論は出されなかった。当時の労働者側の関心は年金法改正に集中しており、派遣法改正が静かに国会を通過した一方で、年金法を巡っては野党が激しく抵抗した。なお、派遣法の「ネガティブリスト化(原則自由化)」は橋本内閣下の規制緩和計画に沿ったものだが、当時の資料によれば橋本首相自身は、労働市場の規制緩和には極めて慎重であったという事実は興味深い(『資料労働運動史』(労務行政研究所刊))。
これら以外にもILO条約批准による影響や、当時の先進各国でとられた新自由主義的な規制緩和政策による影響などについても本書は検討しているが、必ずしも明確な解を得ているわけではないのは残念だ。
また、労働市場法の規制緩和が進展した要因として、本書は労働政策の「政治化」と労働組合の内部対立を挙げているが、いわゆる「政治主導」が本格化するのは九〇年代半ば以降であり、それ以前は官僚主導の色彩が濃かったのではないかという疑念も残る。
さらに、労働市場法改正は規制改革の「外堀」で、本丸は「解雇規制」だったと指摘する。だが、二〇〇〇年代前半に正規雇用の解雇規制が強すぎるために非正規雇用が増大しているという議論が学者や政策担当者の間で沸き起こり、それが労働契約法(第十六条)に結実したのではないか。
一方で、連合結成前の労働組合が群雄割拠し、内部対立が激しかったとする本書の指摘は鋭い。結果として使用者側に協調的な組合が主導権を握り、その姿勢が外部労働市場を律する労働市場法に反映されていったという視点は極めて重要だ。
無論、八〇年代の時点でリーマン・ショック級の大不況を予見することは出来ず、当時の関係者に責任を負わせることは酷なことだ。しかし、現代の政策立案においてEBPM(証拠に基づく政策立案)やPDCAサイクルが重視される今、本書が描き出した「無関心と対立の帰結」は、過去の過ちを繰り返さないための重い教訓を提示したと思う。(あべ・まさひろ=中央大学教授・労働経済学)
★ほんだ・こうへい=立教大学助教・政治経済学・戦後労使関係・労働政策。編著に『SOGIをめぐる法整備はいま』、論文に「外部労働市場規制緩和と労働組合」など。一九九五年生。
書籍
| 書籍名 | 非正規雇用の政治経済学 |
| ISBN13 | 9784623100323 |
| ISBN10 | 4623100324 |
