2026/02/13号 5面

爆弾

〈書評キャンパス〉呉勝浩『爆弾』(武田悠馬)
書評キャンパス 呉勝浩『爆弾』 武田 悠馬  たとえば、友人との会話の中で「これから渋谷で爆発が起きる」と冗談めかして言われたとして、それが現実になったらどうするだろうか。その友人が、「次は一時間後にまた起きる」と続けたとしたら? 信じるべきか、それとも狂言として無視するべきか。私たちはその「声」とどう向き合えばよいのだろうか。  呉勝浩の小説『爆弾』は、言葉の重さと人間の選択を、鋭く突きつける心理戦ミステリーだ。舞台は主に警視庁の取調室。爆発を「予知」したとされる男・スズキタゴサクと、警察側の精鋭たちの対話を軸に、言葉と知能だけで、熾烈な心理バトルが展開される。筆者が特に心をつかまれたのは、スズキが刑事たちに突きつける数々の「問い」だった。ただ爆弾のありかを示唆するだけではない。スズキの提示する問いは、まるで読者の心を静かに揺さぶる地雷のようだった。一瞬のうちに「自分ならどうするか」という想像が広がり、フィクションであるはずの世界に、気づけば感情ごと巻き込まれていた。その問いは決して突飛なものではない。誰もが一度は頭の片隅で考えたことのあるような、「もしも」のジレンマを鋭く言語化し、私たちの倫理観や本音を静かに試してくる。スズキの言葉に翻弄されるのは警察だけでなく、読者自身なのだ。  また、本作には犯人と対峙する刑事たちの複雑な内面も丁寧に描かれている。スズキに挑む類家は、犯人と同じくらいの異才であり、だからこそ彼らの「会話」は一見して冷静でありながら、どこか情熱すら感じさせる知的格闘となる。この二人の対話劇こそが作品の中心であり、読みながら、まるで自分もその取調室に座って一緒に思考しているような緊張を味わった。類家の冷徹さと知性は、スズキの危うい論理と絶妙に嚙み合い、まるで異種格闘技戦のような知的応酬が繰り広げられる。読者は、正義の側に立つはずの類家と、犯罪者であるスズキの間に流れる奇妙な共鳴に、言いようのない不安と興奮を覚える読み進める中で刻々と迫る「次の爆発」の時間が、ページをめくる指に焦りを与え、犯人の真意を探る警察の焦燥と、読者の思考がリンクしていく。まさに、読む側までもがこの心理戦に巻き込まれていく構造になっているのだ。物語は会話中心にもかかわらず、緊迫感は一切途切れない。どこか一行読み落とせばすべてが崩れてしまうような緊張感のなかで、スズキの言葉の裏を読む作業は、読者にとっても命がけの謎解きに近い。  そして何より衝撃的だったのは、この物語で示される「爆弾」のもう一つの意味だった。それは、テロや爆発音ではなく、私たち一人ひとりの心の奥に潜む人間の本質そのもの。見て見ぬふりをしてきた怒りや孤独、虚無感のようなものを、「爆弾」という形で象徴している。その「爆弾」は誰の中にもある。無害な顔をしながら、日々蓄積されていくストレスや違和感、誰にもぶつけられなかった言葉たち。スズキの存在は、それらが一瞬で暴発する危うさを、私たちに突きつける。読み終えたあと、筆者はその爆弾が自分の中にも確かにあることに気づかされ、しばらく本を閉じて考え込まずにはいられなかった。  この小説を通して、「言葉」と「選択」の重みについて深く考えさせられた。スリリングなエンタメでありながら、心の奥底を揺さぶるような読後感。『爆弾』は、ただのミステリー作品ではない。それは、人間の善悪や正義を静かに、でも鋭く穿つ「爆弾」そのものである。ぜひ、この本を手に取り、自身の中にもある「スズキの問い」に向き合ってみてほしい。きっとその爆弾は、簡単には解除できないはずだ。  ★たけた・ゆうま=大阪国際大学国際教養学部国際コミュニケーション学科4年。「仮面ライダーシリーズ」を始めとした特撮分野に興味があり、セミナーでは「特撮と時代の変遷の関係」について研究を行っている。

書籍

書籍名 爆弾
ISBN13 9784065363706
ISBN10 4065363705