新しいインド音楽の世界
軽刈田 凡平著
パンス
この書評を執筆している間、私がクラブでDJをしていた時に、ちょうどインドから来たお客さんに会う機会があった。平日深夜ということで人もいなくなってきた中、ひとり黙々と夢中で踊っているのが嬉しかったので、声をかけてみたのだ。出張で東京に来ており、選曲が最高だと褒めていただく。どんな音楽が好き?と聞いたら、渋めのテクノが好きだという。ちょっと虚を突かれた感覚があった。インドにも自分たちと同じような音楽が大好きな人たちがいるという当たり前の事実を、改めて実感させられたのだ。
インドについて、日本の音楽好きが持つイメージは、まず六〇年代のカウンター・カルチャーに属するものだろう。ビートルズがインドに行って、精神世界を自身のサウンドに反映させたり、ゴアではヒッピーたちがトランスを中心としたレイヴ・シーンを形成したり……といったエピソードが一般的だ。しかし、これらは「外部の目線によるインド」である。インドに何らかの理想を求めて作られたものだ。では本国の音楽だと何があるのだろう、と考えると、思いつくのはインドカレー店のBGMや、映画のサウンドトラックなどに限られてしまう。正直、私もその一人であった。しかし、そんな印象を軽やかに覆してくれるのがこの本だ。そもそもあれだけの人口を持つ地域で、豊かな音楽文化が存在しないはずはない。
著者の軽刈田凡平(かるかった・ぼんべい)は、九〇年代にバックパッカーとしてインドを訪れたことをきっかけに、この地に夢中になり、そこから音楽を知っていく。当初の時点で、インドの街から感じるグルーヴから、ブルースやソウルを連想したという。どちらも「インド」なイメージと結びつきづらそうなジャンル名だが、その独特な感性と切り口が、本書の説得力を増していると思う。知識や先入観からではなく、実際に現地を訪れ触れることで得た感覚を信じていることが、この一節から伝わってくるのだ。
本書はほぼ三〇〇ページのボリュームがある中に、インドの音楽シーンや歴史に関する情報が詰め込まれている。ヒップホップ、EDM、インディロック、古典音楽の現代的解釈まで。極めて包括的なのだが、単に「詳しく紹介してみました」といったアプローチに終始せず、極端に言えば、そこまで音楽に関心がなかったとしても読み込ませてしまう魅力に満ちている。その第一の理由は、先にも述べた通り「現場」で起こっていることに着目し、その社会的背景にまで迫っているからだ。ほとんどの日本人のインドに対するイメージは、神秘的、ないしは現代の経済成長といったものに留まっており、それもまた事実ではあるのだが、そのような「言説」が作り出されていった系譜や、現状のインド社会の実相にまでくまなく触れていく。そのような論をドライブするものとして、インドのさまざまな音楽があるように読むこともできる。
本書を読み通して改めて実感させられたのは、二一世紀におけるグローバルとローカルのせめぎあいについてだ。情報社会の発展によって、西欧のものと思われていた音楽は世界中に伝播した。中でもラップ/ヒップホップは、制作の手軽さもあってもっとも普及したといえるだろう。インドも例外ではない。しかし、その社会独自の解釈によって、グローバルでありながら、ローカルなものに変質していく。
さらに面白い指摘もある。「日本印度化計画」とは「筋肉少女帯」がかつて発表した楽曲だが、実はすでに、円安の日本はかつてのインドに求められたような「神秘性」を目標に訪れる観光客たちにより、「インド化」しているのかもしれない。なんならインドから日本にやってくる方々もいる。経済的なグローバル化は、二〇世紀的な感性の転倒をもたらした。しかしそれこそが面白い状況だ。いまこそ各地を旅して、新しい知識を仕入れ、そして豊穣な音楽に耳を傾けたい。そんな能動性を喚起してくれる本である。(パンス=ライター・DJ・テキストユニットTVOD)
★かるかった・ぼんべい=インド音楽ライター。共著に『辺境のラッパーたち』など。
書籍
| 書籍名 | 新しいインド音楽の世界 |
| ISBN13 | 9784393932469 |
| ISBN10 | 4393932463 |
