ライバルたちのJポップ史
スージー鈴木著
サエキけんぞう
先日亡くなった戦後屈指の作詞家・橋本淳さんとの出会いは衝撃的だった。あるパーティーで初めてお会いした際、こちらが音楽について文章を書いていることをご存じだったらしく、開口一番「サエキ君、グループサウンズは業界にツブされたんだよ」と語り始めたのである。こちらは何も尋ねていないのに(笑)。半ば都市伝説のように語られてきた「GS壊滅工作」について、当事者の証言を直接聞くことができた瞬間だった。
GSを衰退へ向かわせたのは歌謡曲守旧派ともいわれる。しかし、その歌謡曲も九〇年代前半にはJ―POPへ主役の座を譲った。日本文化史を振り返ると、数十年ごとに、それまで絶対と思われていた価値観が大きく入れ替わることがある。あるいは江戸→明治、戦前→戦後、という大変化があった。好きなものを信じ続けること自体が難しい国かもしれない。
本書の著者・スージー鈴木氏も、音楽について書き続けることの孤独を語っている。この国に生きていると、自分が拠って立つ世界そのものが消えてしまうのではないかという不安に襲われるのは必然なのだ。そんな危うさに対抗する方法として、本書が提示する「A vs.B」という思考法が有効である。
「ビートルズvs.ストーンズ」がそうであったように、二項対立は単なる勝敗を決める遊びではない。比較することで、それぞれの個性が立体的に見え、新たな発見が生まれる。いわば弁証法的な「止揚」を、ポップミュージックの歴史の中で実践してみせる試みなのである。
なかでも「大滝詠一vs.細野晴臣」は実に読み応えがある。細野が大滝のファースト・アルバムを「中途半端」と評し、それを受けるように大滝がセカンド・アルバムで飛躍を遂げる。互いを意識し合いながら生涯続いたライバル関係を、適確ななエピソードとともに丹念に分析している。
日本ポップス史最大級のライバル関係と評した「中島みゆきvs.松任谷由実」も興味深い。チャートやセールスを丹念に追うことで、意外にも両者の間で何度も主導権が入れ替わっていたことが見えてくる。紹介されるヒット曲をあらためて聴き返したくなる楽しさも、この本全体の魅力である。
著者が最も熱量を注いでいるように思えるのが「桑田佳祐vs.佐野元春」だ。同級生同士の二人は、競争相手というより互いを深く敬愛する存在だったことが、多くの証言から浮かび上がる。ライバルとは、最良の理解者でもある。そのことを実感させる章だ。
現代の音楽シーンを論じた章も見逃せない。星野源を「渋谷系を超越」、米津玄師を「ヒットチャートが陰鬱さを奪還」、藤井風を「体幹の強い音楽」、Vaundyを「ロックという空白地帯に堂々と入場」と鮮やかに位置づけ、それぞれが現在のJ―POPに何をもたらしたのかを明快に整理していく。その切れ味は実に爽快だ。
本書の白眉は「阿久悠vs.松本隆vs.秋元康」である。阿久悠が生命を削るように紡いだ作詞世界、それを敬愛しながら異なる美学を築いた松本隆、そして昭和・平成・令和をまたいで時代を更新し続ける秋元康。同じ「作詞家」でありながら、その表現や役割が時代とともにどう変化してきたのかを鮮やかに描き出している。作詞論であると同時に、日本社会の変遷を読み解く文化史としても読み取ることが可能である。
いま日本は再び大きな転換点に差しかかっているように思える。だからこそ本書が示す「ライバルで考える」という方法論は、単なる音楽談義を超え、時代を見失わないための知的なトレーニングとしても有効だ。スージー鈴木氏は、対立を煽るのではなく、比較することで理解を深める視点を提示してみせた。本書はJ―POP史を読み替える一冊であると同時に、変化の時代を生き抜くための思考のガイドでもある。(さえき・けんぞう=ミュージシャン)
★すーじー・すずき=音楽評論家・ラジオDJ・作家。著書に『日本ポップス史 1966―2023』『沢田研二の音楽を聴く 1980―1985』など。
書籍
| 書籍名 | ライバルたちのJポップ史 |
| ISBN13 | 9784396618728 |
| ISBN10 | 4396618727 |
