劇伴音楽入門
腹巻猫著
山崎 晶
ロボットの出撃や魔法少女の変身など、アニメ作品にはさまざまな音楽が背景として用いられている。読者のなかには「あのシーンの音楽」が気になって音源を探したり、テレビのバラエティ番組など、作品とは関係ない場面で耳にして興奮した経験をお持ちの方もいるだろう。主題歌のように歌詞を口ずさめるものではなく、劇に寄り添う音楽に心を動かされるのはなぜなのか。本書はそうした問いに対し、制作現場における人材の集まり方や、作曲家と監督の音楽に対する考え方など、作品の「外」から解き明かすことを試みている。
劇伴音楽とは「劇の伴奏」を略した語であり、映画やドラマ、アニメなどの映像作品において用いられる音楽を指す。一般には「サウンドトラック」や「BGM」と呼ばれることも多い。近年では、アニメや実写ドラマにおいて劇伴を担当する作曲家が主要スタッフとしてクレジットされるほか、作曲家自身が劇伴音楽のコンサートを開催するなど、その存在感はますます高まっている。
著者の腹巻猫氏は、サウンドトラック(劇伴集)アルバムの構成作家であり、アニメ雑誌『月刊ニュータイプ』などで活躍するライターでもある。また、氏がインターネット草創期から運営しているサイト「劇伴倶楽部」には、自身がコレクションした音源や資料をもとに作成された映画、テレビドラマ、アニメなどの音楽データが集められている。中でも主題歌や劇伴に関わったおもな作曲家や作詞家の人名録(Who’s Who)は、ウィキペディアが始まる以前に、著者が所有する書籍やレコード、CDの解説書、国会図書館の蔵書などを調査してまとめられた貴重なものである。
本書は、トーキー映画の初期例から現在に至るまでのほぼ一〇〇年の歴史を視野に入れ、九つのトピックによって構成されている。その間には、娯楽の中心が映画からテレビへ移り、さらにアナログからデジタルへとメディアや制作手法が大きく変化してきた。ともすれば膨大になりがちな情報をコンパクトに収めており、「入門」という言葉がふさわしい構成である。
過去八〇年近く覇権を担ってきたテレビをはじめとするメディア文化のなかで、音楽がどのように歩んできたのかを明らかにした点は、本書の最大の功績といえる。とりわけ、アニメ音楽を研究する評者の関心から興味を持ったのは第6章である。ここでは、サントラビジネスの始まりを角川春樹事務所が製作した「角川映画」に求め、映画の公開に合わせてサウンドトラック・アルバムを発売していたことや、同事務所の音楽制作のスタンスが論じられている。
アニメ音楽の場合、青少年のアニメファンという存在を浮き彫りにし、かれらの要望によって作中音楽をレコード化した『交響組曲宇宙戦艦ヤマト』(一九七七)がその先駆けといわれる。また、角川映画のように一つの作品を多様なメディアで展開する「メディア・ミックス」的手法が一般化するのは一九九〇年代半ば以降であり、劇伴が制作ラインに組み込まれるケースが増える。実写とアニメ双方のビジネスの変化を一つの流れとして捉えた点は、テレビと映画、そして実写とアニメの双方に関心を持ってきた著者だからこそ可能となった指摘であろう。
テレビ文化が日本に誕生してから約八〇年になる。この文化が日本社会にもたらした影響を検討しようとする研究者の前に立ちはだかるのは、一次資料の乏しさである。とりわけ草創期のテレビ番組は、記録媒体が高価であったことから現存する記録はごくわずかだといわれる。本書は制作体制や流通、メディア環境の変遷から劇伴を捉え直すことで、映像文化研究に新たな地平を切り拓こうとしている。こうした姿勢は、今後の研究にとっても重要な足がかりとなるだろう。劇伴をめぐる議論の出発点として、本書の意義は決して小さくない。著者が長年集めてきた劇伴に関する資料をもとに、新たな視点で論じられることを期待したい。(やまさき・あき=京都文教大学教授・メディア文化論・文化社会学)
★はらまきねこ=サウンドトラック・アルバムの構成作家、文筆家。著書に『スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全』など。
書籍
| 書籍名 | 劇伴音楽入門 |
| ISBN13 | 9784797681703 |
| ISBN10 | 4797681705 |
