2026/09/11号 4面

証言・北朝鮮帰国者

証言・北朝鮮帰国者 「北朝鮮帰国者」の記憶を記録する会編 宮塚 寿美子 今年2026年1月26日、東京地方裁判所は、「帰国事業」で北朝鮮に渡った後に脱北した元在日朝鮮人と日本人4人の訴えを認め、北朝鮮当局の行為を違法と判断し、計8800万円の損害賠償を命じた。日本の司法史上初めての歴史的判決となった。日本の司法が、「帰国事業」の起点である日本にも管轄権があり、被害の実態と責任を認定した画期的な判断が下されたものである。筆者は北朝鮮研究者として一連の裁判を当初から傍聴してきたので、驚きを隠せなかった。  一般的に「帰国事業」と聞いて、それが何であるか認識している日本人は少ないであろう。1959年12月14日、北朝鮮への帰国第一船(975人)が出港した。この1959年から1984年の25年間にわたり「帰国事業」の名のもとに、日本国籍者6730人を含む93340人の同胞家族が、資本主義国である日本から社会主義国である北朝鮮に渡るという世界でもまれにみる「移住」であった。当時の「在日」人口の実に6・5人に1人にあたるという。文字と数字だけで見ても壮大なスケールの事業なことがわかる。しかし、この「帰国事業」で待ち構えていた北朝鮮での生活は、日本で事前に知らされていた「地上の楽園」とは全く異なる噓の宣伝による「地獄」そのものだった。  本書は、一般社団法人「北朝鮮帰国者」の記憶を記録する会が、在日韓国・朝鮮人と日本人が協働して、「在日」と日本人の家族が北朝鮮で生きた記憶を残す作業を始めたものである。10章532頁の著作としてはかなり分厚いものである。筆者は、2026年6月に都内で開かれた出版報告会に参加した。そこで本書の執筆者の石丸次郎氏は、〝日本から北朝鮮に渡った人々の生活史である。本当はもっと書きたかったが、なんとか1冊にまとめた〟と語っていた。一体どんなストーリーなのか。本書には北朝鮮に「帰国」したものの、脱北して今は日本や韓国に定住している50人の聞き取り調査の成果をまとめたものである。この中には、冒頭で述べた裁判の原告者の川崎栄子氏、榊原洋子氏、斎藤博子氏、李在学氏も含まれている。  北朝鮮は朝鮮戦争(1950~1953年)後の復興と体制強化のため、日本で近代的な教育を受け、技術や専門知識を持った人材(医師、技術者、科学者など)を国家建設の貴重な戦力として、知識人や専門家を優先的に受け入れていた。当時の在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)やメディアは、北朝鮮では「医療無償」「失業の心配がない、希望した仕事に就ける」と熱心に宣伝し、「地上の楽園」という誇大な宣伝をしていた。そのため、この甘い言葉を信じて、「祖国に貢献したい」と自ら志願する知識人が多く存在していたのだ。当時の在日朝鮮人は、日本社会における激しい差別や貧困から安定した職業に就くことが難しく、高い能力を持っていても医師免許などを十分に活かせない現実があった。実際に、本書に登場する人物の家族などにも医師が多い。  本書の第2章で示されている60年代に北朝鮮に渡った帰国者の生活を大きく左右した要素が「帰国事業」の本質を語っている。①日本から持ち帰った荷物の多寡、②日本の家族、親族からの支援の度合い、③総聯幹部の経歴の有無、④配置先、である。これに70年代末、帰国者たちの暮らしを変える新たな要素として、朝鮮総聯による祖国訪問事業が始まり、それに伴い⑤在日マネーが流入した。国交のない北朝鮮への在日朝鮮人の渡航について、日本政府は再入国を認めていなかったが、80年には許可が下り、3249人が渡航した。ただ、「3年したら日本に帰国できる」という日本人妻の一時帰国は結局一度も叶わなかった。  本書は、「帰国事業」の当事者だけではなく、日本に残された家族や、離散を余儀なくされた人々の苦悩も丁寧に描き出している。読者は読み進める中で、「家族とは何か」「国家とは何か」「人間の尊厳とは何か」という問いを、自らに投げかけることになるだろう。帰国事業を知らない世代にも、ぜひ手に取ってほしい一冊である。(みやつか・すみこ=神戸大学大学院研究員・政治学)  ★「北朝鮮帰国者」の記憶を記録する会=在日と日本人の協働事業として二〇一八年に設立された一般社団法人。執筆責任者はジャーナリストの石丸次郎。

書籍

書籍名 証言・北朝鮮帰国者
ISBN13 9784087214123
ISBN10 4087214125