2026/03/27号 4面

「混血児問題」の歴史社会学

「混血児問題」の歴史社会学 有賀 ゆうアニース著 ウォント盛 香織  本著は戦後連合国軍による日本占領下で日本人女性と主に黒人か白人の米軍人・軍属男性との間に生まれた混血児の存在がなぜ「混血児問題」になったのか、歴史社会学の視点から論じた研究書である。日本において混血児と見なされる人々は歴史的に長く存在し、そしてその人種民族的背景が多様であるため、著者は括弧つきの「混血児」と本著で記している。本書評では、著者の研究対象をより明確化するために「戦後日米混血児」と表記する。  「戦後日米混血児」を対象とする研究書は多く出版され、研究蓄積が進む中で、著者によれば先行研究と本著の違いは、先行研究では「戦後日米混血児」に対する差別が前提として研究展開されているのに対し、本著では「戦後日米混血児」を差別することはなぜ・いかにして可能になり、混血児の経験を定義づけたのかという問いを立てている点とし、「戦後日米混血児」たち人生のそれぞれの段階を章分けし―誕生前(1章)、幼児期(2章)、学齢期(3章)、青年期(4章)―各段階でこの問いに取り組んでいる。  著者は「戦後日米混血児」問題を論考するため、「戦後日米混血児」に関する一次資料、二次資料といった文献資料を丁寧に分析することで、論考に説得力を与え、著者が当事者や関係者に行ったインタビューも織り込むことで、論考に具体性を加えている。各章の議論を図式化してまとめ、わかりやすく示している。著者は「戦後日米混血児」問題における差別発動のメカニズムとして、母親の職業とセクシュアリティ、父親の有無、国籍、人格、生育環境、家族の経済状況といった当事者を取り囲む様々な概念が人種カテゴリーと連関し、当事者が社会的に排除されるのかもしくは包摂されるのかが、民間ならびに国家レベル、そして当事者の人生段階で複雑に規定され、当事者の差別もしくは無差別経験を形作ってきたことを明らかにした。論考の結論として、「戦後日米混血児」の差別経験は、人種カテゴリーの複合的機能と累積的帰結であることを提示し、この結論が先行研究に新視点を与えているだけでなく、本著の研究方法そのものも既存のエスニシティ研究に寄与しているとしている。  評者が本著において特に興味深かった章は、「戦後日米混血児」誕生前を分析した1章である。著者は、「戦後日米混血児」誕生前から女性団体を含む市井の人々が、日本人女性と連合国軍の軍人・軍属との間の混血児誕生予想を記述した民衆流言資料の中で、こうした子どもが生まれることとその母親たちを「肩をすくめるに余りある」「ハズカシイ」ことと見なし、「罰を下すべきだ」とするほど否定的にとらえていたことを示している。「戦後日米混血児」を産んだ女性は、パートナー選択と性行動において人種境界やセクシュアリティ規範を逸脱しただけでなく、家を継ぐべき日本人嫡子を産まないという家規範に反すなど幾重の逸脱行為を犯した女性たちとして見なされ、それゆえに彼女たちとこれから生まれるであろう子どもたちへの一般市民の強い拒否感が醸成されていたことがわかる章となっている。  本著は戦後日本社会で日本人女性と主に黒人か白人の米軍人・軍属との間に生まれた混血児を対象にしているが、米軍には白人と黒人以外の人種民族グループも存在し、連合国軍にはオーストラリア軍やインド軍等も含まれており、アメリカ黒人もしくは白人男性以外の人種民族、国籍の男性と日本人女性の間に生まれた混血児も報告されている。また本著で言及しているように、日本人女性とソ連兵との間に生まれた子どももいる。日本の南洋支配下で生まれた日本人男性と南洋地域の女性との間に生まれた混血児が、日本国籍者として日本に送還され、混血児として生きたことも報告されている。戦後混血児は日米の親を持つ子どもだけに限定されない。資料が少ないことや当事者が鬼籍に入られているため、研究が難しいことは理解した上で、「戦後日米混血児」研究の視座からこぼれている人々にも光を当て、「戦後日米混血児」研究が、括弧のつかないより包括的な戦後混血児研究として、さらに発展していくことを期待する。(うぉんともり・かおり=甲南女子大学教授・アジア系アメリカ研究・ジェンダー研究・批判的人種理論)  ★あるが・ゆうあにーす=大阪公立大学経済学研究科特別研究員PD・社会学・エスニシティ研究。

書籍

書籍名 「混血児問題」の歴史社会学
ISBN13 9784788519084
ISBN10 4788519089