2026/08/28号 3面

管見 最高裁判所

管見 最高裁判所 宇賀 克也著 橋本 基弘  最高裁判所大法廷の天井は円形の吹き抜けになっている。そこから注ぎ込む光が、法廷内にいるすべてのものに等しく注ぎ込むように、との設計理念によるものらしい。  だが、私たちは、最高裁判所についてどこまで知っているのだろうか。首都高から見える、あの壮麗な建物が最高裁判所だと知っている人もどれくらいいるだろうか。最高裁とはどのような場所で、判事はどのように選ばれ、どのように仕事をして、どのように生活をしているのか。最高裁では、どのような人たちが仕事をしているのか。国会や内閣に対する知識に比べて、最高裁に対する知識はあまりに少ない。国民審査といわれてもリアリティがない。 本書は、最高裁判事として6年4ヶ月勤務した、宇賀克也氏による、「最高裁判所入門」である。本書の前半部は、謎に包まれた最高裁に包括的に光を当てている。著者は、若くして東大法学部の教授となり、膨大な研究書や教科書を発表してきた、行政法学の泰斗である。大学人としてのエリートコースの中心を走ってきただけでなく、情報公開や個人情報保護など制度の構築に大きく貢献してきた。行政手腕も備えた法学界のスーパースターである。  法曹や法律学者でも、最高裁判所とかかわる機会をもつ人は多くない。しかし、実際には、年間1万件を超える新規案件が最高裁にもちこまれている。膨大な案件を15人の裁判官が捌かなければならない。選択と集中、そして制度の工夫がもとめられる。結果として、最高裁に上告をしても、約99%の案件は棄却決定(上告に理由がない)で終結する(23頁)。このデータだけを見れば、一つひとつの事件がきちんと扱われているのだろうかと疑問を持つ人もいるだろう。しかし、本書は、あまり紹介されることがなかった、最高裁調査官の役割や審理の進め方を明快に示すことで、この誤解を解こうとする。  たとえば、事案の軽重の判断、判決の作成手順、口頭弁論を開くかどうかの判断、大法廷を開くかどうかの検討手順などを読めば、事件が決して「右から左に」処理されているわけではないことが理解できる。最高裁の事件処理手順をここまでつぶさに示して見せた書物はなかったのではないか。これは、著者が行政手続法の権威として、プロセスの開示を常に意識してきたことと関係があるのかもしれない。  本書は、最高裁が抱える問題点や課題、改善のための方策も示している。学者出身の最高裁判事であるという役割意識、あるいは矜持のようなものを感じ取れる記述にあふれている。国家機関である以上は国民に対する説明責務が生じる(3頁)。本書は、かつて最高裁判事の職にあった者の役割として、この課題に取り組んだ画期的な書物である。  最高裁の判断には、判断に関わった裁判官の個別意見を付けることができる(裁判所法11条)。結論にも理由付けにも異論はないが、なお注記すべき点がある場合(「補足意見」)、結論に賛成でも理由付けが異なる場合(「意見」)、結論にも、もちろん理由付けにも反対の場合(「反対意見」)が明らかにされる。私たちは、個別意見をとおして、裁判官の間でどのような議論が交わされたのか、どこで意見が分かれたのか、何が課題として残されたのかなどを知ることができる。特に、憲法がかかわる事件の場合、憲法解釈がどのように分岐したのかを知る手がかりとなる。  正直に言うと、宇賀克也教授が最高裁判事に任命されたとのニュースを聞いたとき、本書の後半に掲げられたような個別意見を予想する人がどれほどいただろうか。常に法学界のセンターにある、若き碩学というイメージがあまりに強かったからである。  しかし、このイメージは見事に裏切られた。宇賀判事は、ひたすら「司法権とは何か」、「救済とはどのようなことか」、「少数者を保護するとはどのようなことを意味するのか」を問いかけ続けた(その法律学における意義については、拙稿「司法権・違憲審査に対する根源的(radical)な問いかけ―宇賀克也」辻村みよ子責任編集『憲法研究2025年5月号』203頁参照)。  宇賀判事が最高裁判事を務めている間、私たち法学関係者は、その個別意見に激しく心を動かされてきた。事件が宇賀判事の所属する第3小法廷に係争していると知ると、「宇賀判事が何か書いてくれるかもしれない」と期待した。この個別意見の中には、「夫婦別姓訴訟」や「性同一性障害特例法」にかかわる訴訟、「経産省トイレ事件」など、世間の注目を集めたケースが多く含まれている。これら一連の判断において、宇賀判事は、ほぼ一貫して少数者の側に立った。  その中でも「夫婦別姓訴訟」に関する宮崎裕子判事との共同反対意見(135頁以下)は、おそらく最高裁の歴史に残り続けるであろう。婚姻の自由について定めた憲法24条1項の趣旨から出発し、夫婦同姓の義務が課している現実の負担を直視しながら、「個人の尊厳と両性の本質的平等」とは何かを丹念に示してみせる。これは個別意見を超え、ひとつの学術論文としても読むに値する。  最高裁の判決である以上、法学部の学生や法曹、法学関係者以外の読者には、ハードルが高く感じられるのはやむを得ない。専門用語があり、法解釈に特有の理屈もある。そこで、本書は、「事件の概要」、「多数意見がどうであったのか」、「個別意見とその解説」に過不足なく触れることで、法律を専門的に学ぶ者でなくても興味をもって読み進められるような工夫が施されている。  法曹を志す者や法律学を学ぶ者は、しばし、教科書から離れて本書を手に取るべきだ。司法試験向けのガイドブックより、はるかに有益で、知的興奮に満ちた経験を与えてくれるだろう。読み終えた後、最高裁判所に対する見方が変わっているに違いない。それは同時に、一人ひとりが個人として生きていくこととは何か。それを国家が保障するとはどのようなことなのか、という根源的な問いかけに光が当たることをも意味している。(はしもと・もとひろ=中央大学教授・憲法学)  ★うが・かつや=東京大学名誉教授・行政法。東京大学卒。二〇一九年から二〇二五年まで最高裁判所判事を務める。

書籍

書籍名 管見 最高裁判所
ISBN13 9784641126718
ISBN10 4641126712