- ジャンル:特集
- 著者/編者: 東京大学附属中等教育学校、東京大学大学院教育学研究科附属学校教育高度化・効果検証センター(CASEER)
- 評者: 本田由紀、淺川俊彦、上野雄己、對比地覚
座談=本田由紀×淺川俊彦×對比地覚×上野雄己
<ともに語り合い、学ぶ教室へ>
『探究的な学びとその効果』(東京大学出版会) トークイベント抄録@読書人隣り
東京大学教育学部附属中等教育学校は、「探究的な学び」「協働学習」を、早い段階から積極的に取り入れてきたことで知られている。現場の実践の様子とその学術的な効果検証をまとめた『探究的な学びとその効果 東大附属中等教育学校における実践と検証』(東京大学大学院教育学研究科附属学校教育高度化・効果検証センター(CASEER)/東京大学大学院教育学研究科附属中等教育学校編、東京大学出版会)が今夏出版された。九月一六日に、読書人隣りにてイベントを開催。執筆者の本田由紀さん・淺川俊彦さん・對比地覚さん・上野雄己さんにご登壇いただいた。その模様を抄録する。(編集部)
本田 本書は、CASEER(キャシア:学校教育高度化・効果検証センター)と東大附属の緊密なタッグのもとに、主にここ10年間の成果を取りまとめたものです。淺川先生はこれよりずっと前、2002年に着任された、東大附属の生き字引のような先生です。
淺川 この学校の旗印は、「探究」、そして生徒たち同士が共に学び合う「協働」、この二つです。深い学びを通して豊かな市民性を育むことを理念に掲げ、世の中のいろんな出来事や課題を自分事として捉えていく姿勢を養っています。
本田 私も東大の教員として度々お伺いし、教員や子どもたちの様子を見ているのですが、今仰ったような「探究・協働」が単なる理念に終わらず、学校生活のいたるところに張り巡らされ、埋め込まれているような印象を持っています。
淺川 教科学習と総合学習、それに加えて行事や自治活動、部活動といった学校生活を含めた、三本柱で「探究・協働」は実践されていると理解しています。学習指導要領に「総合的な学習」というプログラムが盛り込まれたのは今世紀初頭ですが、本校ではその遥か前、1960年代に「特別学習」という名前を付けて、教科の枠にとどまらないようなテーマに取り組む授業が立ち上がりました。80年代には、「卒業研究」を高校2年生から3年生に課す試みもスタートし、中高一貫6か年の探究的なカリキュラムがこの時点で構築されていました。
本田 そんな東大附属で今まさに理科の先生としてお勤めになっているのが對比地先生です。本書では第3章で、ちょっとびっくりするような教科学習の運営について書いてくださっています。
對比地 私の授業では、初めにこの時間で理解してほしいことを数分で紹介し、残りの40分くらいは生徒各々、友達に聞いてみたり、教科書を探ってみたり、一人一台端末でインターネットを調べたり、自分の得意な学習方略で課題に対してアプローチしてもらいます。基本的には最後のまとめもしません。
この方法は、前任の初任校で「どうやったら全員がわかる授業になるだろう」と試行錯誤していく中で形成されたものです。普通の講義型授業だと、私の教授スタイルや考え方に合っている子はよくわかるかもしれないけれど、残りの、全体のおよそ2~3割を占める標準偏差から遠い両側の生徒たちには有効性が乏しいでしょう。理論の上でそう納得しました。
そこで、「それなら生徒自身に任せてみたらどうだろう」と考えました。40人それぞれに40通りの対応をするより、40人が自分たちで学習をアレンジしたほうが理解につながるのではないか、という発想です。この授業方法は、日本の先生たちに「頑張りすぎるのをやめよう」と伝えるメッセージにもなるかもしれないと思っています。
本田 そうした授業スタイルは、他の教員の方にとっても共通の前提となっているのでしょうか?
對比地 私と同じような授業をされるわけではないですが、やはり「生徒同士の対話の中で豊かな学びが紡ぎ出されていく」という考えは全教員に共有されている価値観でしょうね。
本田 東大附属は、探究的な学びを血肉化するために、通常の教科にまでこの精神を浸透させているのが特徴の学校だと言えるでしょう。本書の第Ⅰ部では、総合学習と教科学習は強く関連しているということを、卒業生の肉声も交えつつ、実感ベースでお伝えすることに腐心いたしました。
上野先生は続く第Ⅱ部全体の立役者と言っても過言ではありません。私や上野先生が所属しているCASEERでは、過去10年にわたって、大きな労力を費やして生徒さんや卒業生の方のデータを取らせていただいてきました。これを様々な角度から分析して、学術的な結果をお伝えするのが第Ⅱ部です。
上野 私がCASEERに着任した2020年に初めてデータを見たとき、ものすごくワクワクしたのを覚えています。「探究的な学び」の効果は、具体的に目に見えない部分が非常に大きいんです。「本当に効果があるの?」と疑問に思われる方も多い。そんな中、これだけ重厚なデータを蓄積している学校は東大附属のほかになかなかありません。
特にすごいのは「パネル調査」です。多くの調査は横断調査と言って、集団のある一時点の情報を集めるのですが、これだと時間の経過に伴う変化や、要因同士の時間を通じた関連を捉えることが難しいんです。しかし生徒を追跡するパネル調査では、匿名化された個々のデータを通時的に紐づけられるので、どんな変化が起きていて、それはどのような関係にあるのか、より明確に分析できるんです。
今回の本では、これまでの分析結果のうち本当にごく一部を紹介させていただきました。例えば、探究的な学びと心理的要因や進路との関連、卒業研究、さらに卒業後の大学での学びや社会との接続などです。
また、コロナ禍のデータも取っているので、コロナにおける学習の変化や生徒の心理的要因との関連も分析しています。継続的な調査によって、時代の変化とともに、生徒の学びや心理面がどう変わっていくのかが見えてくるのがパネル調査の醍醐味ですね。
本田 面白いのは、非常に赤裸々に分析結果を提示しているところです。ふつう「成果」を発表するときにはその長所をアピールしたいですよね。もちろんポジティブな効果も認められたのですが、それだけでなく、後程触れるように、探究的な学びに関する分析の全般を見てもらうため、ネガティブな効果も掲載しているのです。
また、パネル調査についても触れていただきました。東大附属の調査が「根性座ってるな」と思うのは、全生徒を毎年ずーっと追いかけていくところなんです。入学から卒業まで6年間追い続けて、どのような変化が起きたか全員分把握する。それが10年以上積み重なっています。しかも、卒業した生徒さんにもある程度調査を受けていただいているので、大学生や社会人になった時に附属時代の学びがどのような効果として表れるのか、というデータが豊富に蓄積されます。これほど密なデータを取らせていただき、分析できているのはおそらく他に例がないのではないでしょうか。
本田 さて、本書編集のきっかけの一つが、2022年の学習指導要領改訂により、全国の高校が「総合的な探究の時間」に取り組むよう定められたことでした。悩んでいる学校現場も多く、何かの参考にしていただける面もあるのではないかと考えたのです。
本書を作る過程で気をつけたのは、「探究的な学びは東大附属だからできたんじゃないですか」と思われてしまうことでした。もちろん、入試を設けた中高一貫の学校であること、東大の教員が密接にかかわっていることなど、この学校特有の事情もあります。ですが、東大附属はかつていろんな問題を抱えており、大きな変化を経て今の形になったのだそうですね。
淺川 今の生徒たちは落ち着いているし、みんな学びに向かってくれています。でも、僕が赴任した2002年当初は、学校の中も汚いし、あちこち穴が開いているし、毎週のように盗難の報告があったりする、そういった学校でした。学年集会を開けば、話を聞かせるまでに何分かかるかわからないから、しびれを切らして大声で怒鳴り散らして黙らせる先生も珍しくない。「ちょっと大変なところに来ちゃったな」と思いました。
総合学習は、卒業研究に結実する6か年のカリキュラムができてから既に20年以上運用していたのでかなり充実していました。しかし教科学習は、各教員が完全に一人親方のような具合で、ばらばらの状態でした。教科間の連携なんてまるでなく、口を開けば「生徒の逸脱行動をどう取り締まるか」という話ばかり。確かにトーク&チョークの技は熟練していた先生が多いものの、對比地さんのお話のように、そこからこぼれる子もたくさんいました。
そこで、学部の先生たちの力を借りながら、探究的な問いを共同で追求する「学びの共同体」という学習スタイルを2005年から導入し、生徒同士互いの顔が見えるよう、机をコの字型にすることから始めました。続いて「教えて考えさせる授業」のスタイルを取り入れ、学力の定着も協働を軸にした授業でおこなうようになります。これらは「みんなでやろう」と明示的に決めたものでした。ともに東大教育学部の先生の理論に基づいた設計で、せっかくの研究を附属に還元しないのは寂しいじゃないか、ということでこちらからお声掛けして始まったのです。
2007年から5年間は、教育学部の先生と附属の教員が数人でチームを組んで、それぞれ何らかのテーマに取り組む「カリキュラム・イノベーション」の活動が始まりました。この過程で、学部の先生がしょっちゅう授業を見学し、附属独自の探究的・協働的な授業スタイルの確立に手を貸してくれました。「どう教えるか」ではなく、生徒たちの間での「学びがどう発生するか」ということに重点を置くのが私たちの発想です。この試みが密になっていったのが、その間の10年ほどだったのです。そうしていくうちに、フリーダムな校風だけを残して、生徒たちみんなが落ち着いて学びに向かうようになっていきました。
對比地 私が赴任してきた頃には、協働学習はある種の〝伝統〟になっていましたね。教員同士で授業を見学する際には特徴があります。「あの子こんなことやってたんだよね」などと、生徒がどんな学びをしたのか、その場で何が起こったのかに注目するのです。教員がどうだったかという話はほとんど出ません。その由来となったのは教育学部にいらした先生方です。授業を見る際、生徒の学びに強く関心を向けるんです。それに触発されて生まれた文化でした。
子どもたちも、先生ではなく自分たちが見られていると思うと、自然と「頑張りたいな」と感じるものです。面白いことに、こちらがツッコミを入れたくなるほど目の色を変えて張り切るんですね。「自分たちを見てもらえる」「自分たちが頑張った分だけ何かが起こる」といったことを実感できるから、〝先生に歯向かっている時間がもったいない〟〝どうせ授業をやるなら学んだ方がよい〟と考えているのではないかと思います。
本田 もちろん先生方は、その授業の目標や問いを立てる際にものすごく工夫をされていると思います。生徒が主役としてふるまうことができるための舞台を整えていらっしゃるのが教員の方々だと言えるでしょう。それでも、良い結果ばかりではなく、東大附属の教育があまり芳しい結果につながってはいないというデータも出ており、本書はそれを含めて紹介しています。
上野 東大附属では、「探究的・協働的な深い学びを通して豊かな市民性を育む」ということに重点を置いて実践を積み重ねています。本書未収録ですが、こうした総合学習内での活動を通して育まれる探究性、市民性、協働性との関連についても分析しました。CASEER主催のシンポジウムで報告した、まだ課題の残る分析ですが、学習活動が翌年度の資質を予測する関連は見られず、むしろ、もともとそれらの資質が高い生徒ほど、次年度の活動に積極的に取り組んでいる、ということがわかったのです。当初の仮説とは反対の方向でした。
しかし、重要なのは、それをどのように解釈するか、ということです。私は、探究学習の効果が現れるのは、教育を受けた直後だけでは捉えきれないのではないか、と考えています。卒業生パネル調査を分析したところ、東大附属での6年間の学びが、大学での学びや社会でのふるまいと関連しているということが様々なデータからわかってきたからです。ここから、探究的な学びが見据えるべき本当の目標地点が浮かび上がってくるように思います。
また、これは未収録ですが、総合学習と教科学習を比較すると、教科学習の方が上述の三つの資質との関連が大きいことがわかりました。これについては、「教科の方が時間数も多いしバラエティも豊かだから納得できる」という東大附属の先生の声を耳にしています。一方で、総合学習にも意味や役割があり、まだ分析上の課題はありますが、総合学習での探究が教科学習にも生きている可能性があります。教科も大事、総合も大事。そういった相補的な関係が、調査結果としても現場の先生方の実感としても合っているようです。
ですので、単に探究的な学びを導入しさえすればいいというのではなく、これを踏まえてどのようなカリキュラムを構成し、学校の仕組みを作っていくかを考えるのが大事な観点ではないでしょうか。
本田 目の前の「総合的な探究の時間」に振り回されてしまうのはよくわかります。ですが、教科における学びの大切さ、それから組織づくりの課題など、根本的に変えなければいけない部分がたくさんあります。そのための知見として、東大附属には参考になる部分がとても多いのではないでしょうか。また、CASEERでは毎年、現場の先生向けに月一回オンラインで集まる、探究的な学びの進め方に関するプロジェクトを行っています(今年度は募集終了)。こうした機会もぜひ活用してみていただけると、私どももとてもうれしく思います。(おわり)
◆イベント全編はアーカイブ配信にて。
★ほんだ・ゆき=東京大学大学院教育学研究科教授・同研究科附属学校教育高度化・効果検証センター(CASEER)長・教育社会学。
★あさかわ・としひこ=元東京大学教育学部附属中等教育学校前期課程副校長・CASEER特任講師。教科は保健体育。
★ついひじ・さとる=東京大学教育学部附属中等教育学校教諭。教科は理科。
★うえの・ゆうき=CASEER特任准教授・教育心理学・スポーツ心理学。
書籍
| 書籍名 | 探究的な学びとその効果 |
| ISBN13 | 9784130513746 |
| ISBN10 | 4130513745 |
